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Kind of Jazz Night

さんふらわあ JAZZ NIGHT 初代プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。


撰者
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦

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第19回

マネー・ジャングル(後編)
デューク・エリントン
撰者:吉田輝之


【Amazon のCD情報】

こんにちは吉田輝之です。前回は桜の季節が終わった頃でしたが、今、ちょうど街の植込みの平戸ツツジが盛りを過ぎたところですね。先々週、家の近所のお宅の庭に淡い赤のツツジの盆栽があり、そこの奥さんに「きれいなツツジですね」と話しかけたら「まぁ。これはツツジではなくサツキですわ。」と笑われてしまいました。みなさん、ツツジ(躑躅)とサツキ(皐月)の違いがわかりますか。「ツツジより花弁も葉も小さく、遅く咲くのがサツキですよ」と教えらましたが、正直よくわかりません。歩きながら「そういえば、笹と竹の違いは何だろう?モミジ(紅葉)とカエデ(楓)の違いって何だろう??」とぽーっと考えていたら車に轢かれそうになりました。
今週は「MONEY JUNGLE/DUKE ELLINGTON」の続きです。(前回のコラムはこちら



思えばデュークエリントンという人はずっと昔からアフリカを意識していたと思う。
このレコードにも収められているキャラバンだ。1935年にエリントンと楽団のトロンボーン奏者でプエルトリコ出身のファン・ティゾールが作曲したジャズ史上最初のアフロキューバンジャズである。4ビートではない。クラーベの2−3のリズムだ。何回も録音されているが、初吹込みを聴くと、そのいかがわしいまでに黒いサウンドに驚く。おそらくエリントンは当時実際のアフリカの音楽や風俗についてはそう詳しくはなかったろう。生のアフリカ音楽に詳しい人間なんて当時のアメリカには白人でも黒人でもいないのではないか。
しかし、そのサウンドはまぎれもなく当時の世界音楽の最前衛であり本物だ。エリントンはそのサウンドに腰みのを付けたぐらいの半裸身のダンサーを躍らせ大きな話題を作った。「ジャングル・サウンド」だ。わざと白人の目から見た「アフリカ=ジャングル=土人=黒人」らしさを戦略として、思い切り演じたのだ。エリントンは「白人はアフリカ=ジャグルと考えれば満足する」と思っただろう。しかし、エリントンは同時にこうも思っただろう、「アメリカもジャングルだ。マネーのジャングルだ」と。

このレコード、ブルーノート盤で実際の演奏順に聴いていくと、未発表曲の7曲目「スイッチ・ブレード(Switch Blade)」あたりから不穏な雰囲気が漂い出す。スイッチ・ブレードとは飛び出しナイフのことだ。そして次の「キャラバン」「マネー・ジャングル」と大爆発する。その後あまりに静かな「ソリチュード」「ウォーム・ヴァレー」がきて、最後は未発表曲の「バックワード・カントリーボーイ・ブルース(旧弊な時代遅れの国に住む少年のブルース)」で終わる。エリントンは、アメリカ合衆国は「差別のはびこる時代遅れで、飛び出しナイフが行きかう危険で、金に支配された国」だと言いたかったのではないか。

では、「スイッチ・ブレード」、「バックワード・カントリー・ブルース」といったメッセージ色の強い曲を収録しなかったUA盤は骨抜きにされたダメなレコードなのか。これがそうではないのだ。選曲と順番を最終的に決めたのはおそらくエリントンとプロデユーサーのアラン・ダグラスだろう。メッセージ色が強すぎると警戒してこの2曲を入れなかった可能性はある。しかし、多少冗長と感じられる13曲56分39秒のブルーノート盤より7曲32分7秒のUA盤の方が緊張感が凝縮され異様な迫力を出している。「記録」としてのレコードと「作品」としてのレコードの違いだ。

このレコード実は昔からそのあまりに不穏な雰囲気から「喧嘩セッション」ではないかと言われてきた。6年ほど前、ラジオでギターデュオのゴンチチのチチ松村さんがこのレコードのキャラバンを聴き「け、けんかや、これ。どつきあいのけんかや。三上さん」と言っていた。このレコード、特に「キャラバン」と「マネージャングル」を聴くと、ローチとミンガスが必死でエリントンを組み倒そうとするが、エリントンが二人を鷲掴みにして振り回し、ボコボコにしてしまいました、としか言いようがないのだ。

昨年東芝EMIからこのCDがUA仕様で再発されたが、そのライナーノーツで原田和典さんが「レコーディング直前、ミンガスとローチが殴り合いを始め、激昴したミンガスがスタジオを飛び出してしまった。それをエリントンが追っかけて取り押さえ、混乱のうちにセッションが始まった」とダグラスのインタビューを引用している。殴り合いの原因は書かれていない。しかし、直接的には他愛のないことで言い合いになったのではないだろうか。この二人、「元」同志である。互いにチャーリー・パーカーのバックを務め、1952年には二人でデビューレコードをリリースしている。しかし、その後このレコードを除いて共演盤がないはずだ。僕はこのレコードレーベル設立でいざこざがあったのではないかと推測している。

しかし、アフリカを縦軸に、アメリカを横軸にした「メッセージ性」、スタジオでの不穏な状況ということでこのレコードを語るには何か決定的に重要なことが欠け、ある疑問が消えない。「何故、ローチとミンガスはエリントンに勝てないのか」という疑問である。

マックス・ローチ。バップドラムを完成させた天才である。絶対的なリズム感を持つだけではなく、あのパーカー、パウエルといった超天才の複雑なアドリブフレーズに即応し、間断なく(ドラマーは休んでいる時間がない)ステックで叩き、蹴る、その体力、身体能力はおそらく、ミドル級史上最強といわれたシュガーレイ・ロビンソンやサッカーのロナウジーニョに匹敵するのではないだろうか。

チャールズ・ミンガス。ルイ・アームストロングのバンドを皮切りにプロとなり、エリントンの楽団にも一時在籍し、パーカーのバップ革命にも参加したジャズの歴史を生きてきた男だ。自己のグループにおいて、そのメンバーは、ドラムスでは不動のダニー・リッチモンド、サックスではエリック・ドルフィー、ブッカー・アーヴィン、ローランド・カーク、ジョージ・アダムズ、ピアノではホレス・パーラン、ジャキー・バイアード、ドン・ピューレン、そして秋吉敏子など、怪物ぞろいである。怪物を束ねるミンガスももちろん怪物ランド、モンスターファクトリーの怪物大王だ。

しかし、いくら天才と怪物でもエリントンには勝てない。それは、エリントンの本質が「オニ(鬼)」だからだ。

正直言って、「オニ」という極めて中国日本を含む極東アジア的な概念をアフロ・アメリカンのエリントンに使うべきか大いに迷った。むしろ、ゴスペル会場で歌手、聴衆に取りつく「ホーリ・ゴースト(聖霊)」や、フラメンコで踊り手やギター奏者に取りつく「デュエンテ(妖怪)」という概念を引用した方が適切ではないかとも思った。しかし、この演奏を聴いた印象は、まさしく「オニ」としか言いようがないのだ。ホーリー・ゴーストは天から降りてくる。デュエンテは地中から這い出してくる。しかしオニは心の中にいる。

しかもエリントンの心のは「オニ」だけではない。さらに「ホトケ(仏)」まで居るのだ。そのホトケが現れたのが「ウオーム・ヴァレー」と「ソリチュード」だ。

「ウォーム・ヴァレー(Warm Valley)」はジョニー・ホッジズの吹いていたメロディーから取ったとも、エリントンがオレゴン州の美しい山並みを見て横たわる女性の曲線を連想して作ったともいわれる。しかし、この後者の説、妙に説明を省いている気がしないだろうか。「山並み」て連想する女性の体って「胸(おっぱい)」である。それなら「Beautiful Mountain」とか付ければいいのに。「Warm Valley(暖かい谷間)」って言えば、もう「あそこ」しかありえない。

さて曲の由来は置いておいて、ここでの演奏は実に官能的というより大らかで大地母神的とでも言うべきスケールでエリントンは演奏しており感動的だ。

そして「ソリチュード(Solitude)」だ。ビリー・ホリデーの名唱でも有名なこの曲、1500曲は作曲したといわれるエリントンの名曲中の名曲を、激しい「キャラバン」、「マネージャングル」の次に演奏している。まずエリントンがソロで弾き終え、その後、ミンガスとローチが浄化され、まるで導かれるように伴奏に入ってくる。孤独をテーマにしながらも、さらに全ての孤独を包み込むようなエリントンのこの深さ、スケールはどうだ。

パーカーとパウエルの中にも「オニ」がいる。ベイシーとサッチモの中にも「ホトケ」
がいる。しかし「オニ」と「ホトケ」の双方がいるのはエリントンだけだ。

「ヒトはオニには勝つことはできない」と前述したが、本当はヒトでも、もしかしたら「オニ」には勝つことができるのかも知れない。しかし、ヒトは「ホトケ」には絶対に勝てない。


【蛇足たる補足1】
今、このレコードは本文中にある通り、UA仕様で売っています。たったの999円です。それもリマスターされて音が抜群にいい。20年前に買ったCDではマネージャングルの冒頭のミンガスのベースが「ボ・ボーン」と聴こえますが、新しいCDでは「ヴェ・ヴァーン」と僕の家の安い装置でも聴こえます。
エリントンのピアノも、スタインウエイかベーゼンドルファーか、はたまたYAMAHAかKAWAIかはわかりませんが、恐ろしいほどフルに鳴っています。STRONG RECOMMEND「BUY」です。

【蛇足たる補足2】
大阪の梅田、阪神電車の東改札口を出たすぐのところに「MINGUS(ミンガス)」というカレー屋さんがあります。オールドスタイルのスパイシーなカレーでおいしく月3回は通っています。「早い・安い・旨い」の三点揃った名店です。ただ音楽は有線でたまにしかジャズはかかりません。

ちなみに、神戸のサン地下には「SAVOY」という勇名なカレー屋さんがあります。
ジャズ喫茶「VOICE」の兄弟店で、ロゴを見れば、あのレコードレーベルのSAVOYから取ったとわかります。以前はジャズの小唄がかかっていましたが、今はいろいろです。濃厚なカレーでここも月3回は通っています。

昔からジャズ好きはコーヒー・ウィスキー好きが多く、コーヒー・ウィスキー好きはカレー好き多いと言われてきました。三段論法からいけば、ジャズ好きはカレー好きとなりますが、このことは現在研究中です。

【蛇足たる補足3】
この連載の執筆者の一人、大橋さんが、息子さんのピアノの発表会で前回コラムに書かれていたピーターソンの「自由への賛歌(HYM TO FREEDOM)」の意義を並みいるピアノ教室の父兄、お子さんの前であのコラム通り大演説をして、その後息子さんと「自由への賛歌」を連弾し、やんやの大喝采を受けたそうです。ええ話や。


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