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Kind of Jazz Night

さんふらわあ JAZZ NIGHT 初代プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。


撰者
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦

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第156回

安田 南(3)人物エピソード編2
撰者:松井三思呂



クリスマスや忘年会から「明けましておめでとう」で、2017年のスタートから早くも一ヶ月。2月の声を聞き、寒さもピークですね。



3回にわたって、ディグしてきた安田南。
本当にこれが最終回、まずは最後のリーダーアルバム『Moritat』から始めたい。




Moritat
【Amazon のディスク情報】

『Moritat』( Philips RJ-7428)
安田南(vo)
益田幹夫(p)
濱瀬元彦(b)
村上寛(ds)
峰厚介(ts)(A1、B4)
宮田英夫(hca)(B3)
宮城久弥(vln)(A3)
1977年12月29日、30日 フリーダム・スタジオ録音

(Side A)
Somebody Loves Me、Golden Earrings、Oh, My Papa、Moritat
(Side B)
Moon River、Cry Me a River、The River of No Return、I'm Walkin

このアルバムは3枚目のリーダー作『Some Feeling』とは違って、れっきとしたジャズヴォーカル作品。ここでのパートナーは山本剛に代わって、益田幹夫。
安田南と益田幹夫、相性は如何なものかと思って聴いてみたが、これがなかなか良い。まあ、益田幹夫がとても器用なピアニストで、何でもこなしてしまうということかもしれないが・・・。

ところで、私が高校時代に足繁く通った西宮北口のジャズ喫茶『DUO』、その壁の目立つところに益田幹夫のサインがあった。
彼は49年生まれで、関学高等部を中退、17歳でプロ活動を開始し、22歳で日野皓正クインテットに加わる。25歳で渡米して、アート・ブレイキーに認められ、ジャズ・メッセンジャーズでも演奏。帰国後は渡辺貞夫グループを経て、80年代は主に自己のグループで活躍したが、その後持病の多発性硬化症が悪化し、現在は演奏活動が難しい状態のようだ。

『DUO』が『Corner Pocket』と店名を変え、マスターが亡くなられた後に、奥様がお店を切り盛りされていた頃、ビッグバンドのライヴで隣に座った男性と益田幹夫の話になった。今でも、その男性が「病気がなければねぇ~、もったいないよなぁ~」と、呟いていたことを思い出す。
ところが、本作の録音時はアメリカから帰国して、渡辺貞夫に抜擢される直前、益田の音楽活動が非常に充実した時期であった。

さて、アルバムはガーシュインの名曲、「サムバディ・ラヴズ・ミー」で幕を開ける。ゆっくりしたテンポ、肩慣らしといった感じで始まるが、途中からミディアムにテンポアップして、峰厚介のテナーが花を添える。
「ゴールデン・イアリングス」は、私にとっては『レイ・ブライアント・トリオ』(Prestige 7098)が決定的名演だが、ここでの益田はレイ・ブライアントを彷彿させる演奏。
「オー・マイ・パパ」は、50年代にティーンアイドルだったエディ・フィッシャーのヒット曲で、54年の全米第1位。ポップで、とてもイイ感じだ。

本作品の最大の聴きどころは、何と言っても南が日本語詞で歌う「モリタート(邦題:「お定のモリタート」)」だろう。この曲は劇団黒テントの芝居『阿部定の犬』のテーマ曲。

75年から78年にかけて、劇団黒テントは「喜劇昭和の世界」シリーズ3部作(『阿部定の犬』、『キネマと怪人』、『ブランキ殺し上海の夜』)を引っ提げ、昭和列島縦断興行と銘打った全国ツアーを行った。
その第1作である『阿部定の犬』は、前2回のコラムで紹介した佐藤信の代表作となった音楽劇。二・二六事件と阿部定事件を重ね合わせ、東京市日本晴区安全剃刀町オペラ通り三文横丁という架空の町を舞台に、幻想のなかで阿部定が切り取った男根が拳銃に姿を変え、昭和天皇を撃って、「昭和」が終わるというストーリーの戯曲だ。

「お定のモリタート」のメロディはロリンズの『サキ・コロ』でおなじみだが、元々はブレヒトの戯曲『三文オペラ』の劇中歌(クルト・ヴァイル作曲)で、英語詞の「マック・ザ・ナイフ」はエラの名唄(『エラ・イン・ベルリン』)で知られる。
アルバム単位となれば別だが、公式音源から安田南の1曲を選べと言われれば、この曲を推したい。
何と言っても、佐藤信の書いた詞が秀逸で、南の歌声もとてもチャーミングだ。

B面はリヴァーにまつわる曲が三連発。「ムーン・リヴァー」は南が軽快で、益田のピアノも好調。
「クライ・ミー・ア・リヴァー」も情感たっぷりだが、3曲のなかでは、「ザ・リヴァー・オブ・ノー・リターン」が南らしい選曲で素敵だ。この曲は54年の西部劇映画『帰らざる河』の主題歌、主演のマリリン・モンロー自身の歌唱で有名。ここでは、宮田英夫のハーモニカがカントリータッチの哀愁を奏でる。
そして、アルバムはデビューアルバム『South』にも収録されていた十八番の「アイム・ウォーキン」で幕を閉じる。



南の残した公式音源をもう少し。
73年に公開された映画『赤い鳥逃げた?』は藤田敏八の監督作品、主演は原田芳雄、相手役は桃井かおり、音楽はピコこと樋口康雄が担当。私はあまり知らなかったのだが、樋口康雄は和製ソフトロックの鬼才として評価の高い作曲家で、南の歌う主題歌「赤い鳥逃げた?」(作詞:福田みずほ、作曲:樋口康雄)を含むサントラLPは、和レア・グルーヴの大名盤として、クラブDJ垂涎の一枚。
You Tubeでチェックしてみたが、南の歌声は明晰で透明感があって、サビの「鳥を飛ばせ、赤い鳥を♪」では、空に昇っていくイメージが湧いてくる。ジャズシンガーの南、『Some Feeling』の南とも違う側面が垣間見えるトラックだ。


赤い鳥逃げた?
【Amazon のディスク情報】

少し変わったところで、南はアメリカの刑事ドラマ『鬼警部アイアンサイド』の主題歌を歌っている。リリースは73年、クインシー・ジョーンズの原曲にほぼ忠実なアレンジ(編曲は樋口康雄)に、南の力強い歌声が響く。



この曲を聴くと、私ぐらいの世代であれば、日本テレビ系列で放映されていたワイドショー番組『テレビ三面記事 ウィークエンダー』の定番、「新聞によりますと・・・」を思い出すかもしれない。
また、映画『赤い鳥逃げた?』の挿入曲「愛情砂漠」がカップリングされていることもあって、この7インチシングルも和レア・グルーヴの超レア盤として、オークションでは超高値をつけている。

さて、大橋さんは75年ごろ、大学祭か何かで安藤義則トリオをバックに歌う沖山秀子を生で聴いたそうだが、私の心残りは安田南のライヴを体験できなかったことだ。
南は関西でライヴをしなかったわけではなく、73、74年ごろには京都によく出没し、「拾得」などに出演していたようだ。特に、山本剛トリオをバックにした同志社大学のコンサートは、素晴らしいパフォーマンスだったらしい。

また、70年11月から71年にかけて、全国30都市をまわった劇団黒テントの旗揚げ公演『翼を燃やす天使たちの舞踏』に、南は俳優陣の一人として出演。その他の俳優は吉田日出子、斎藤晴彦、山口美也子、清水紘治などだが、ミュージシャンとして、岡林信康、はっぴいえんど、ザ・ディラン(西岡恭蔵、大塚まさじ、永井洋)、遠藤賢司、友部正人、中川五郎なども出演。
この公演がきっかけとなって、南と西岡恭蔵が知り合い、「プカプカ」という名曲に繋がっていく。どうでもよい話だが、この当時、岡林信康と吉田日出子は恋仲だったようだ。

このあたりで、やはり安田南の消息には触れざるを得ないだろう。いろいろな情報を総括すると、鬼籍に入っているが結論だと思う。詳しいことは分からないが、2009年に亡くなったという情報もある。
安田南前編がアップされた時に、コラム仲間の平田さん、吉田さんから「この情報過多の時代に、失踪してからのこと、生死についても確実な情報が無いこと自体が、すごい謎!」といったメッセージをいただいた。全く同感で、安田南ほどの人がここまで忽然と姿を消せるものだろうか・・・。



コラムの締めに、おそらく南にとって最後の大きなステージになったと思える下北沢音楽祭のことを。
79年9月1日に開催された第1回下北沢音楽祭、ステージは現在本多劇場が立地している場所で、井の頭線下北沢駅からほんの少しだけ渋谷方面に位置した空地だった。午後2時から始まったイベントも佳境に入り、夕闇のなか、山本剛トリオを従えた南が登場。

南が歌い始めた時、渋谷発の電車が下北沢駅のホーム手前で停車。電車に冷房がない時代で、乗客が全開の窓から身を乗り出し、音楽祭の2000人の観客とともに、南の歌を聴き入った。最初の電車だけではなく、後続の電車も徐行したようで、南は相当に驚いたことと思う。
この場に居合わせた人のブログによれば、この徐行運転は当時の京王電鉄労働組合が示し合わせた乗客サービスとともに、音楽のために少しでも車両の軋轢音を弱めてやろうという粋な計らいだったのではないかと・・・。

真相は謎だが、本当にそんな理由であれば、今なら考えられないことだし、許された時代がうらやましい気分だ。安田南最後の事件、ミステリアスなままが南にはお似合いだろう。



最後になりますが、多分これからも、安田南のようなシンガーは出現しないように思います。それは彼女の資質ももちろんですが、彼女の駆け抜けたような時代が二度とやって来ないと思うからです。


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