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Kind of Jazz Night

さんふらわあ JAZZ NIGHT 初代プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。


撰者
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦

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第154回

エル・コラソン
ドン・チェリー、エド・ブラックウェル
撰者:平田憲彦


【Amazon のCD情報】


先日、無性にジャズのベースが聴きたくなった。それも、無伴奏のダブルベース。 探していくうちに、なかなか素晴らしいアルバムに巡り合った。それは、Dave Holland(デイヴ・ホランド)の『Emerald Tears』というアルバム。
素敵なタイトルだが、なんというか、お寺のお堂で聴いているかのような、瞑想空間というか、不思議なサウンドだった。アルバム一枚、すべて無伴奏ソロでベースのみの演奏。ふくよかな味わいもあり、なかなかすごい。

そのアルバムを取り上げようかと思っていたところ、ふと、もっと他にも『無伴奏』ジャズを聴いてみたいと思って、さらに深堀り。

そして出会ったのが、トランペット無伴奏、Don Cherry(ドン・チェリー)の『Voice of The Silence』であった。



どのような形容詞を駆使しても、ドン・チェリーの『Voice of The Silence』の美しさを言葉にする事は不可能ではないかと思えてくる。

この無伴奏ソロで奏でられるトランペットを聴いたとき、懐かしさや穏やかな風、樹々の香りを感じたと言ったら、気恥ずかしいような例えになってしまうが、本当に、山の中、森の中にふと現れた草原に立っているような錯覚すら覚えるサウンドなのだ。こんな体験は、初めてかもしれない。

そして僕は他の曲も聴いてみたくなって、『Voice of The Silence』が収録されているアルバムを手に入れたというわけだ。

それが、ドン・チェリーとエド・ブラックウェルのデュオ作品『エル・コラソン』。
とてつもないアルバムだった。

これをジャズと呼ばない人もいるかもしれない。しかし、僕はジャズを感じるし、カラダの奥底から沸き起こる即興演奏の根源を感じる。

世界中の祝祭や子守唄が最小限の音で溶けあったかようなサウンドだ。
まるで、地球が音楽を奏でている…、宇宙に届けようとしている…、そんな無限性。

何か、とても大きな塊で、それでいてとても柔らかい、温かい、そんな安らぎも感じる音に包まれ、ひたすら幸福な時間が過ぎる。

ドン・チェリーとエド・ブラックウェルの2人だけでこのサウンドが生み出されていることに、驚嘆するばかりだ。



アルバム『El Corazon』。
英語に置き換えると『The Heart』。どういう日本語が最適なのか難しいが、『こころ』と表記するのがいいように思う。

概要を少し紹介したい。

演奏者は2人だけだが、使われている楽器は多種多様である。

ドン・チェリーは、ポケット・トランペット、ピアノ、メロディカ、Doussn'Gouniを使用。
メロディカは、ピアニカのこと。〈Doussn'Gouni〉は、発音はわからないが、西アフリカの弦楽器。

エド・ブラックウェルは、ドラムス、カウベル、ウッドドラムを担当。
ウッドドラムは、各種木製打楽器の総称だろう。

トラックリストは次の通りの全7曲。ほとんどがチェリーとブラックウェルの楽曲で構成され、幾つかはカバーもある。

El Corazon
Don Cherry, Ed Blackwell
ECM 1230
1982年

1. Mutrion / Bemsha Swing / Solidarity / Arabian Nightingale (dedicated to Om Kaltsom)
(Thelonious Monk, Don Cherry)
15:13

2. Roland Alphonso
(Roland Alphonso)
03:14

3. Makondi
(Don Cherry)
03:45

4. Street Dancing
(Ed Blackwell)
02:18

5. Short Stuff / El Coraon/ Rhythm For Runner
(Ed Blackwell, Don Cherry)
07:24

6. Near-in
(Ed Blackwell)
06:39

7. Voice of the Silence
(Don Cherry)
05:33

ご覧の通り、チェリー作曲、ブラックウェル作曲のナンバーが交互にセットされている。まるで対話のようだ。また各楽曲の長さも、2分ほどの短いものから15分を超える長尺なものまで、多様な長さの曲がバランス良く配置され、起伏の富む構成で飽きさせない。

モンクのナンバーがさりげなくメドレーの中に顔を出したり、レゲエで知られるアルフォンソのナンバーを取り上げたりと、ひねりの利いた構成も楽しい。

ブラックウェルの楽曲はドラムソロ。得てしてドラムソロの楽曲は退屈だったり冗長だったりするが、これは違う。まるで大地の響きとでもいえるようなドラム。原始的かつ民族音楽的なリズムは簡素でいながら複合的、ハードバップのグルーヴも織り交ぜた自由なスタイルで、伸びやかなブラックウェルの太鼓アンサンブルがとても気持ちいい。

様々な打楽器を駆使しているが、ウッドドラムが紡ぎ出すサウンドは人肌を感じさせる温もりがあってとても優しく、包み込むようなおおらかな空気である。

チェリーのトランペットも優しく響くが、ただ優しいだけじゃなく、屹立した魂とも言えるような、生命力ある強さが美しい。
また、チェリーの奏でるピアノ、オルガン、ピアニカのサウンドも心地良く響き渡る。



雨が降り、陽が差し、風がそよぎ、そして日が暮れる。

大地から感じるリズム、そこに流れる風、宇宙へとつながる大空。それらが音楽になったなら、きっとこのアルバムのようなサウンドになるんじゃないだろうか。

出会えてよかった。
心からそう思えるアルバム。


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