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Kind of Jazz Night

さんふらわあ JAZZ NIGHT 初代プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。


撰者
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦

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第138回

アンティル・ザ・サン・カムズアップ
橋本有津子
撰者:平田憲彦


【Amazon のCD情報】


オルガンプレイヤー、橋本有津子(はしもと あつこ)。その名前は、コアなジャズファンにはよく知られたところだが、オスカー・ピーターソン・トリオのドラマー、ジェフ・ハミルトンを感動させたオルガンプレイヤーということでも興味をそそられる人は多いのではないだろうか。

恥ずかしながら僕が橋本有津子さんを知ったのは2014年の3月だった。それは、神戸元町でひたすらファンキーでソウルフルなジャズを掛けるバー、『Doodlin』主催の音楽イベント『波止場ジャズフェスティバル』で見たライブである。

有津子さんがすごいオルガンプレイヤーだという話は聞いていたが、実際に見たライブには本当に驚かされた。ハモンドB3オルガンの演奏を別のプレイヤーで見たことはあったが、ここまでソウルフルでファンキーな生演奏を聴いたのは初めてで、会場全体を巻き込んで、さながら興奮のるつぼなライブだった。
なにより、生演奏の音圧がスゴイ。有津子さんのB3から出てくる音に吹き飛ばされそうになりつつ、観客のみんなは躍りまくっていた。

そして2015年3月、再び僕は有津子さんの演奏を聴くことになる。共演のギター、ドラムも素晴らしかったし、そのコンビネーションと一体感は心地よかったが、なにより有津子さんのオルガン。ソウル、ブルース、ファンク、それらが溶け合って言いようのないグルーヴを生み出すジャズの小宇宙。
こんな音楽があったのかと驚愕した。



公式サイトによると、多くのジャズライブを続けながら、比較的大きめのフェスにも出演し、海外ミュージシャンとの共演も多い。これまで6枚のアルバムをリリースしているが、今回僕が紹介するアルバム『...Until The Sun Comes Up』は、2011年リリースの最新作である。

パーソネル:
橋本有津子:ハモンドB3オルガン
グラハム・デクター:ギター
ジェフ・ハミルトン:ドラム

前述の通り、ドラムのジェフ・ハミルトンはオスカー・ピーターソンをはじめ、ライオネル・ハンプトン、エラ・フィッツジェラルド、カウント・ベイシーなど多くのジャズミュージシャンと共演してきている大ベテラン。いま話題のダイアナ・クラールとの共演でも知る人は多いだろう。

ここでのジェフのドラムは、ひとつのドラミングの典型とも言えるものだ。つまり、プレイヤーにはみなそれぞれのスタイルがあり、それは必ず何かの系譜に繋がっている。それによって、演奏の味やパッション、グルーヴが変わってくる。
ジェフ・ハミルトンのドラミングは、スウィング、ハードバップの王道をまっすぐ受け継ぐ『歌心あるドラム』である。ドラムセットの全てのパーツが、まるで森の中の鳥や動物たちが歌うようにこだまし、リズムを生み出している。それが優しく心地よいグルーヴとなって、オルガンとギターを包み込みつつ、鼓舞している。

ギターのグラハム・デクターは、ジェフが見つけた若き逸材、ということなのだろう、ジェフのバンド、クレイトン・ハミルトン・ジャズ・オーケストラの最年少メンバーでもあった。グラハムのギターを僕はこのアルバムで初めて聴いたが、チョーキングを絶妙にコントロールする流麗なプレイはとてもジェフのドラムと合っていると思った。そして、オルガンとの掛け合い、ツボを押さえたバッキングは、有津子さんのオルガンを支えつつ、押し出している。

ジェフはライナーノートで次のように書いている。

ーーーー

初めてアツコの演奏を聴いたのは、僕がオスカー・ピーターソン・カルテットでの来日公演をやった時だった。レイ・ブラウンとエリスとの来日だったけど、それ以来、彼女のパッション、スウィング、そしてワクワクする音楽の虜になってしまった。次に来日した時も彼女の演奏を聴いて、クレイトン・ハミルトン・ジャズ・オーケストラの連中も夢中になってたね。

アツコとは今まで3回レコーディングしてきてる。1回目はヒューストン・パーソンと。ヒューストンはオルガンとの音楽を熟知してるしね。2回目は、アツコの夫、ユタカと。彼はアツコと何年も一緒に演奏してきてるから、オルガントリオの音楽性を深く理解してた。そして3回目がこのアルバム。

このトリオでのレコーディングも刺激的だったよ。2010年の3月にシアトルで開催されたフェスがきっかけなんだけど、クレイトン・ハミルトン・ジャズ・オーケストのメンバーで、その時まだ23歳だった若手ギタリストのグラハム・デクターが参加することになった。彼にとっては、オルガントリオでの演奏は今回が初めてで。

レコーディングしたナンバーのほとんどはアツコのアレンジ。『Soul Station』と『Hallelujah...』はグラハムがアレンジした。レコーディングで、僕たちはお互いのアイデアを出し合って、音楽的な意味でグループとして成長していった。このアルバムはまさに、チーム力が結集した作品なんだ。
(アルバムのライナーノートより、抄訳)

ーーーー

オルガンプレイヤーは、古くはジミー・スミスにはじまり、ソウルフルなところではソニー・フィリップス、ベイビー・フェイス・ウィレット、フレディ・ローチ、シャーリー・スコット、ジャック・マクダフ、あのカウント・ベイシーも。挙げていけばきりがないが、大勢の素晴らしいプレイヤーがいる。

有津子さんのオルガンプレイは、それらレジェンドたちのソウルを継ぎつつ、まろやかであることが特徴だと思う。つまり、濃すぎない、というわけだ。かといって薄すぎるわけでもない。ちょうどいい感じ、と言える。
お風呂でもそうでしょう、湯加減丁度良い、というあんばいが最高である。有津子さんのオルガンは、お湯加減が絶妙な風呂みたいな心地よさがあるのだ。

ライブでは激しいパッションでソウルフィーリングがほとばしるような、うねるグルーヴで観客全員を躍らせる有津子さんであるが、このCDでは、ジェフ・ハミルトンとグラハム・デクターのスウィング感と融合し、パッションはそのままに、すがすがしく気持ちの良いジャズを展開してくれている。



米国アマゾンのリスナーレビューで、『Organic Swing!』や『Upbeat and smooth sound』と評されているのもよくわかるこのアルバム。
セットリストは次の通り。

1. All Or Nothing At All
2. Soul Station
3. So In Love
4. Moon River
5. What A Wonderful World
6. Blues For Naka
7. You Are My Sunshine
8. Cherry
9. Your's Is My Heart Alone
10. The Good Life
11. Hallelujah, I Love Her So

では、順番に聴いていこう。



All Or Nothing At All

1939年に発表されたスタンダードナンバーで、フランク・シナトラの歌唱で知られる。ビリー・ホリディ、ジョン・コルトレーンをはじめ、多くのミュージシャンにカバーされている。優雅なシナトラ、怪しげな雰囲気のコルトレーン、あくまでも小粋に歌うビリー、それぞれに味わい深い演奏を、多くのミュージシャンが表現してきた。

有津子さんバージョンは、ジェフのドライブかかったドラムから始まる。アルバムのイントロとしてふさわしい疾走感溢れるアレンジ。グラハムのギターがグイグイ押していくが、有津子さんのバッキングは絶妙。そしてオルガンソロへ。ここからがトリオの魔法ともいうべき音が音を呼ぶ万華鏡のような世界が展開される。
森の中に伸びるハイウェイを、木洩れ陽をくぐり抜けながら疾走するドライブのような爽快感がたまりません。


Soul Station

1960年に発表されたハンク・モブレイの名盤であり、ハードバップの傑作としても知られる『ソウル・ステーション』のタイトルナンバー。作曲はモブレイ。この曲も素晴らしいが、なんと言ってもこのアルバム自体がご機嫌なハードバップで、誰にでもお勧めできるジャズの大名盤といえる。
モブレイの豪快なテナーは、骨太でいながら包容力が素晴らしく、吹きっぷりの良さとダウンホームなブルースが見事に共存している。ピアノはウィントン・ケリー、ベースはポール・チェンバース。そしてドラムはアート・ブレイキー。このメンバーが集まって、悪いはずはない。気持ちよすぎて時間を忘れる傑作アルバム。

有津子さんトリオでの演奏は、グラハムのアレンジ。オリジナルよりもシャッフル感を前面に出し、より一層ブルージーに。しかし重さも泥臭さも抑えてるので聴きやすく、踊れるブルース。グラハムの存在感が強く出ているナンバーだが、控えめでいながらうねりのあるフレーズ満載のオルガン。こういうシンプルなブルースこそ自由度が高いので、プレイヤーの個性を楽しめる。


So In Love

1948年、ミュージカル『キス・ミー・ケイト』の劇中歌としてコール・ポーターが作曲した。ちょっと退廃的で影のあるメロディを、多くのミュージシャンが魅惑的にカバーしている名曲。ミュージカルは未見でも、この曲を耳にしたことのある人は多いと思う。

有津子さんトリオの演奏は疾走感を出しつつ、ドラマティックなオルガンを思い切り楽しめるナンバー。高速なパッセージを次から次へと繰り出すオルガンとギター、それを盛り立てつつ煽っているドラムが素晴らしくエキサイティング。


Moon River

ヘンリー・マンシーニ作曲の名曲。1961年公開の映画『ティファニーで朝食を』の主題歌であり、主演のオードリー・ヘプバーンが歌ったことでも知られるが、あの歌唱シーンの素晴らしさはいまでも語り継がれている。パーラーギターをつま弾きながら、憂いのある表情で歌うオードリーの美しさはたとえようもない。
多くのミュージシャンにカバーされてきた圧倒的スタンダードである。

ムーンリバーをジャズで、となると大抵はメロウでしっとりとアレンジされる事が多いが、この有津子さんトリオは全く逆。それが面白い。このムーンリバーは、澄み切った夜空に輝く月の光に照らされた川沿いのハイウェイを、風を受けつつ疾走しているクルマを思い浮かべる。クルマの2人はちょっとコミカルな恋人たち。そんな幸せ感いっぱいの演奏に仕上がっている。


What A Wonderful World

ルイ・アームストロングの名唱で知られる有名曲だが、作詞作曲はジョージ・ダグラス(ボブ・シールのペンネーム)とジョージ・デヴィッド・ワイス。ボブ・シールとはジャズレーベルで有名なインパルスのプロデューサーである。ボブはベトナム戦争に衝撃を受け、平和な世界が訪れることを願ってこの曲を書いたという。

僕がこの曲を初めて聴いたのは、1983年にオンエアされたホンダシビックのCMだった。そして、そのCMの影響たるや凄まじく、それをきっかけにこの曲を知ったという僕のような人間が続出した。

さて、冒頭から飛ばしてきた有津子さんトリオは、ここでペースを落としてフッと空を見上げるのである。果たして今は、世界のみんなはワンダフルなのだろうか。そうじゃなかったとしても、ワンダフルにしていこうよ。というような、落ちつきつつ希望感がいっぱいのサウンドに仕上がっている。
静かだが、熱い演奏。ここでも、ドラム、ギター、オルガンが織りなす音空間が素晴らしい。


Blues For Naka

大阪にラグタイムというジャズのライブハウスがあって、当時のオーナー、仲一馬さんが2010年に亡くなった。レコーディング期間と被っていたのだろう、有津子さんはこのアルバムを仲さんに捧げ、そしてこのブルースナンバーを書いた。
アルバム唯一のオリジナルナンバーということからも、有津子さんの思い入れが伝わる演奏だ。

このブルースは、とても心地よくジャンプし、スウィングしている。思い出に浸って悲しむブルースではなく、仲さんへの感謝を未来へ繋げる道しるべにしようという心意気が伝わってくるような、ご機嫌なブルース。僕は仲さんには会ったことがないが、きっとこのブルースのように、いつも笑顔の絶えない人だったんじゃないかと思う。


You Are My Sunshine

1940年公開の映画『Take Me Back to Oklahoma』の挿入歌として発表され、大ヒット。スタンダードとなった名曲。レイ・チャールズ、ジョニー・キャッシュなど多くのミュージシャンにカバーされている。曲調も歌詞も、ひたすら明るい。世界中の人がこの歌をお互いに向かって歌い合えば、きっと争いなんてなるなるのに。

有津子さんトリオも、突き抜けるハッピーワールドな演奏で元気いっぱい。ドラムがブラスバンドの世界観を出すダンサンブルなノリの良さで踊らせる。これは楽しい。このドラム、まさしく歌ってる。大勢のカップルが笑いながら踊っている光景が目に浮かぶような演奏だ。


Cherry

ジェリー・マリガンがチェット・ベイカーと組んだピアノレス・カルテットの演奏で知られる小粋なナンバー。このカルテットは、後にウェストコースト・ジャズと呼ばれることになる源流ともいえるバンドで、1年ほどしか続かなかったようだが、ピアノレスという編成が画期的だったと言われている。
このカルテットはパシフィックジャズというレーベルからリリースされたが、そのファーストレーコードというのも歴史的である。
ちなみにその『パシフィックジャズ』という名前は、東海岸に『アトランティック』というレコード会社があって、それにあやかって(というか対抗して)名付けられたというのも、洒落が効いてる。

さて、有津子さんトリオは、まるでスヌーピーのジャズをやったヴィンス・ガラルディのようなコミカルさでスウィングしていて、思わずニッコリしてしまう演奏。陽光の町をのんきに散歩しているチャーリー・ブラウン、その横を走り抜けていくスヌーピー。そんな情景を表現しているかのようなトリオ演奏。お見事な演奏に拍手。上質な芸術は、紛れもなく上質なエンターテインメントなのである。


Your's Is My Heart Alone

1929年にベルリンで初演されたフランツ・レハール作曲のオペレッタ『微笑みの国』の中のナンバー。1912年のウィーンと中国を舞台にしたオペレッタであるらしいが、僕は未見。このオペレッタから、長らく歌い継がれるジャズスタンダードが生まれたことに興味を覚えてしまう。機会があれば、このオペレッタを見てみたい。

このナンバーでも、有津子さんトリオは疾走感と幸福感をいっぱい抱えた演奏で、心地よくスウィングしてる。ドラムの重要度がよくわかる。リズムに芯を通しつつ、様々な彩りを与えていて素晴らしい。包容力のあるドラムに支えられ、オルガンとギターがのびのび演奏してる様子が伝わってくる。


The Good Life

もともとはフランスの『La Belle Vie』という曲が原曲だそうだ。聴いてみたが、確かにそっくり、というか同じ。『La Belle Vie(美しい人生)』を英語にしたのが『The Good Life』なのだろう。しかし、なぜ『The Beautiful Life』にしなかったのか、よくわからないが。その曲をトニー・ベネットが英語で歌ってヒットしたのがきっかけで、スタンダードとして今も歌い継がれているようだ。

トリオはここでまたひと休み。ゆったりとしたペースでスウィング。穏やかな海を見ながら珈琲を飲む、みたいなリラックス感がいっぱい。有津子さんの弾くフレーズは高速な鍵盤さばきなのに、このスローモーションのようなタイム感覚は不思議だ。ここでもジェフのドラムが音空間を豊かにしているように思える。3つの音が互いに影響を与えあいながらサウンドが生まれている。


Hallelujah, I Love Her So

ソウルミュージックの父と呼ばれるレイ・チャールズが、1956年に発表したデビューシングル。傑作、歴史的名曲、そんなあらゆる賛辞が贈られる素晴らしい曲。作詞作曲もレイの手になる。ソウル、ジャズ、ロックなど、多くのジャンルでカバーされたこの曲を聴くと、本当に音楽にジャンルなんて関係ないと思ってしまう。

さて、楽しかったこのアルバムもこれにて終了、そんなエンディングにふさわしい軽快でソウルフルなレイ・チャールズの傑作ナンバー。ライブのエンディングでこれが流れたら楽しいよね!というイメージなのかな。

でも僕は思うんだが、『ハレルヤ! 僕は彼女が大好きなんだよ』というこのナンバー、ジェフとグラハムが有津子さんに捧げているんじゃないだろうか。
まるで3人が会話しているように聴こえるこの幸せな演奏を聴くと、アルバムを聴き終えるのがもったいなく思えてくる。

そして僕はまた冒頭から聴き直すのである。



このアルバムを聴くと、日々の些細なことなんかどうでもよく思えてくる。アルバムを通して伝わってくる疾走感とリラックス感が、こころを自由にしてくれるんだろう。

これもまた、音楽のチカラに違いない。


※※※

補記

オルガンジャズのレジェンドを聴く楽しみは格別だ。しかし、彼らの演奏はもうレコードでしか聴くことが出来ない。ところが、橋本有津子さんの演奏は、いまライブで聴くことが出来る。今回紹介したアルバムを家で聴くのも素晴らしいオルガン体験だと思うが、なにより本物の演奏を聴いてもらいたいと思う。

上にも書いたが、音楽の生演奏には『楽器がもつ音圧』というものがある。つまり、波動である。それが同じ会場で聴いている僕たちにダイレクトに届く。耳やアタマで聴くのではなく、肌で聴く、と言ったらいいだろうか。
メロディやリズムはレコードで体験するものと似ているが、ライブでしか味わえない音圧は、音の存在感となって僕たちを圧倒し、宇宙に連れて行ってくれる。

有津子さんのオルガンから僕たちに届けられるライブサウンドは、心の奥底を震わせる感動に満ちている。是非体験してほしい。


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