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Kind of Jazz Night

さんふらわあ JAZZ NIGHT 初代プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。


撰者
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦

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第132回

ハート・バップ
フランコ・アンブロゼッティ
撰者:松井三思呂


【Amazon のディスク情報】


梅雨に入って、ぐずついた天気が続いていますね。
少し前の話になりますが、5月の初めは毎年恒例、「春一番」からの「高槻ジャズストリート」からの、シメは「新開地音楽祭」と、野外ライヴの楽しさを満喫しました。特に前回のコラムの主役、土岐英史さん。新開地音楽祭の大トリで、市原ひかり(tp)、片倉真由子(p)、坂井紅介(b)、山木秀夫(ds)とのクインテットで登場。シークレットゲストでお嬢さんの土岐麻子さんの飛び入りもあって、ステージはムチャクチャ盛り上がりました。
非の打ち所のないリズム隊の打ち出すビートに乗って、土岐さんのアルト、ひかりちゃんのトランペットが湊川公園の夕暮れに響き渡る瞬間。ホンマモンのミュージシャンの凄みを感じた素晴らしい演奏でした。



さて、70年代中頃から80年代中頃にかけて、ジャズ界にクロスオーヴァー〜フュージョンのブームが巻き起こっていたなか、ヨーロッパではいくつかのレーベルがこのブームにも頑なに背を向け、ピュアで完成度の高いジャズアルバムをリリースし続けた。

ドイツの「エンヤ」、「MPS」、オランダの「タイムレス」、デンマークの「スティープルチェイス」、イタリアの「ブラックセイント」、「ソウルノート」などが頭に浮かぶが、折しもエンヤについては昨年4月以降現在まで120タイトルがリイシューされ、タイムレスについても今年3月に30タイトル、また6月にはもう30タイトルが発売される。どちらも千円の国内盤廉価CDで、大人買いの誘惑に苛まれるところだ。

そこで今回は、この千円シリーズからのアルバムを題材としたい。
エンヤ、タイムレス、どちらも大好きなレーベルだが、タイムレスのラインアップのなかで、何よりも触手が動くものは、シダー・ウォルトンの『イースタン・リベリオン』シリーズ。1枚目はアナログ盤で保有していて、大愛聴盤。2枚目を探していたところ、それが3月に発売され、6月には何と3、4枚目も発売される。
これらは、まずゲットしておきたいが、シダー・ウォルトンはこれまで私のコラムで何回も取り上げてきたので、『イースタン・リベリオン』シリーズは大推薦盤ということにとどめ、今回のコラムはエンヤ・レーベルのアルバムをネタにしたい。

エンヤ(Enja:European new jazzの略)は、1971年にドイツのミュンヘンでホルスト・ウェーバーとマティアス・ウィンケルマンにより設立されたレーベル。マル・ウォルドロンの『Plays the Blues』を皮切りに、一貫して硬派な姿勢を崩さず、優れた作品を数多く発表したが、86年にこの二人は袂を分かち、それ以降は二つの別会社のエンヤがアルバムをリリースするというややこしい状態に陥る。

ところで、山下洋輔の名著『ピアニストを笑え!』によれば、ホルスト・ウェーバーは元々服飾関係のデザイナーを職業としていたが、熱烈なジャズファンだったところ、71年のモントルー・ジャズフェスに出演したハンプトン・ホーズの世話をしたことがきっかけで、アメリカから渡欧してくるミュージシャンのサポートをしているうちに、趣味を仕事にする決心をして、エンヤを起ち上げたらしい。

また、ホルストは大変な親日家で、山下洋輔、日野皓正、佐藤允彦、高瀬アキなどをヨーロッパのジャズファンに紹介した功績は大きい。
最初の来日は服飾デザイナーとしての仕事だったが、ハンプトン・ホーズのニューヨークの家で会った中平穂積氏(新宿「DUG」オーナー、ジャズ写真家)との縁で、「DUG」だけでなく「ピットイン」にも通うようになって、山下洋輔トリオなど新進気鋭のミュージシャンの演奏を目の当たりにする。
奥さんが日本人であったことも手伝ったのか、この後も2012年2月に肝臓ガンで亡くなるまで来日を繰り返し、上記のミュージシャン達のアルバムをリリースするだけではなく、ヨーロッパツアーのサポートも行っている。

改めて、エンヤというジャズレーベルがシーンに果たした役割をまとめると、

(1) 70年代、ヨーロッパに活動の場を求めたアメリカ人ベテラン勢の秀作を数多く発表したこと。
   ・・・マル・ウォルドロン、トミー・フラナガン、エルヴィン・ジョーンズなど

(2) 偏見なく有能な中堅、若手に作品を発表する機会を与えたこと。
   ・・・ダラー・ブランド、ダスコ・ゴイコビッチ、ジョン・スコフィールド、ベニー・ウォレスなど

(3)繰り返しになるが、日本人ミュージシャンを積極的に登用したこと。

この分類から言えば、吉田さんが121回コラムで取り上げているエルヴィン・ジョーンズと田中武久の『When I was at Aso-mountain』は、さしずめ(1)と(3)の両方の側面を持った作品ということになる。



さて、今回のリイシューの120タイトルを眺めて、真っ先に私が飛びついたアルバムがフランコ・アンブロゼッティの『Heart Bop』。
飛びついた理由は、ひとつには「ハードバップ」ではなく『ハートバップ』というタイトルがイカしていたこと。もうひとつには、フランコ・アンブロゼッティの演奏を聴いたことはなかったのだが、共演者のフィル・ウッズとハル・ギャルパーに心惹かれた。

『Heart Bop』(Enja 3087)
フランコ・アンブロゼッティ(flh)
フィル・ウッズ(as、cl)
ハル・ギャルパー(p)
マイク・リッチモンド(b)
ビリー・ハート(ds)
1981年2月 ニューヨーク録音

フランコ・アンブロゼッティは1941年生まれのイタリア系スイス人で、パーカーとの共演経験もあるアルトサックス奏者の父の影響もあって、11歳からクラシックピアノを始め、17歳からは独学でトランペットを習得。
また、彼は一族が様々な会社経営を行っていた裕福な家庭環境に育ち、バーゼル大学の経済学修士を取得して、親族が経営していた会社の社長を務めるなど、ジャズミュージシャンと会社経営の二足の草鞋を履いていたようだ。

このアルバムはアンブロゼッティのエンヤにおけるリーダー2作目で、演奏はアルバムタイトルどおり、心のこもった熱いハードパップだ。
収録曲は5曲、ハル・ギャルパー作の「Triple Play」、アンブロゼッティ作の「Fairy Boat To Rio」、「Heart Bop」、「A Flat Miner」、大スタンダードの「My Funny Valentine」というお品書き。

アンブロゼッティはリー・モーガン、フレディ・ハバートや、もちろんマイルス・デイヴィスのように強烈な個性を持つスタイリストではなく、流麗で巧く、音色にクセがないトランペッターだ。
テクニックをひけらかすタイプではないが、サラッと相当難しいことを演っているようにも思える。そのあたりを機会があれば、放浪派コラム100回記念でインタビューした片岡学さんに訊いてみたい。恐らく片岡さんは好きなラッパだと思う。

アルバムの白眉はやはりタイトルチューンの「Heart Bop」
いかにもハードバップ然としたテーマに続き、先発ソロはウッズ先生。

彼はプロデビューから60年代前半まで、「パーカー命」のアルトサックス奏者のなかで群を抜いた存在だった。その後、68年にフランスへ渡り、ヨーロピアン・リズム・マシーンという良き伴侶を得て、高速バップフレーズを中心にしたプレイだけではなく、モードやフリージャズの要素を盛り込む、あるいはエレクトリックに接近するなど、演奏の幅を大きく拡げて、72年にはアメリカへ帰国する。
その後76年に、25回のコラムで大橋さんが紹介しているアルバム『Live from the Showboat』を録音。それから約4年、ウッズ先生も円熟期に入ったところではあるが、この「Heart Bop」のソロはビバップ魂に火が点いたのか、バップフレーズ満載、得意の引用技まで飛び出す痛快さ。これは「三つ子の魂・・」、あるいは「雀百まで・・」ということかと、妙に納得してしまった。

ハル・ギャルパーは1938年マサチューセッツ生まれで、80年代を通して、ウッズのコンボのピアニストを務めた。やや個性に乏しく、「小型マッコイ」と揶揄されていた時期もあったが、もっと評価されてもよいミュージシャンではないだろうか。
バークリーでジャズピアノを学んでいた頃から、地元ボストンで演奏していたジャッキー・バイヤードに師事していたこともあってか、少し器用貧乏なところがあるのかもしれない。ただ、ウッズ先生との相性は抜群で、「Heart Bop」でのソロも快調だ。

ベースのマイク・リッチモンドは録音当時32歳と、メンバーのなかで最も若いものの、既に職人肌のプレイを聴かせる。
また、ビリー・ハートは少しうるさいくらいに、手数の多いタイコ。現在74歳だが、現役バリバリで自己のグループを率いて、毎日のようにライヴ活動を行っているようだ。

このように、本アルバムはウッズ先生以外、ややB級感が漂う個性的なメンバーによるセッション作。このメンバーを繋いでいる陰の仕掛け人が、ヨーロピアン・リズム・マシーンのピアニスト、ジョルジュ・グルンツでアンブロゼッティ作の3曲のアレンジも担当している。

一言で言えば、『ハートバップ』はクセモノ達が微妙なバランスで結束し、熱血ハードバップを奏でた作品。聴くまでは平均点くらいかなという思いもあったが、あにはからんや大アタリだった。千円なら、十分に元が取れた感が満載だ。



という訳で、今回のコラムはエンヤのリイシュー・シリーズから、私が衝動買いしたアルバムを紹介しました。リイシューされた120タイトルのなかには、『ハートバップ』以外にも興味を惹かれる作品も数多くありますが、ラインアップに少々物足りないという感想も持っています。
その理由は、私が30年以上前にジャズ喫茶で慣れ親しんだ作品が再発されていないことにあります。聞くところによれば、比較的初期のオリジナル盤は相当に高価なものもあるようですが、次回のコラムはエンヤ・レーベル第二弾として、私の「エンヤと言えば、これでしょう!」という作品をいくつか紹介することにします。


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