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Kind of Jazz Night

さんふらわあ JAZZ NIGHT 初代プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。


撰者
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦

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第120回

ブラック・マーケット
ウェザー・リポート
撰者:松井三思呂



レディー・ガガとトニー・ベネットのデュエット・アルバム『チーク・トゥ・チーク』、凄く話題になっていますね。私もCDをゲットして、MTVでリンカーンセンターのライヴもチェックしましたが、正直ビックリ! スタンダードを正々堂々と唄うガガの歌唱力はホンマモン。これまでも「只者ではない!」とは思っていましたが、レディー・ガガ、素晴らしい才能の持ち主です。

また、少し前に車でFMを聴いていたら、ニーナ・シモンで有名な「メンフィス・イン・ジューン」がオンエアされました。チェックしてみると、80年代UKロックの人気バンドであったユーリズミックスのヴォーカル、アニー・レノックスのカヴァー・アルバム『ノスタルジア』の収録曲であることが判明。このアルバムも、ビリー・ホリデイ、サッチモ、ガーシュウィン、エリントンと、大スタンダード集で、コラム読者の皆さんにもおすすめです。

このように、ジャズ畑でない女性歌手からのスタンダードへのアプローチ、これからも続きそうで、これまでジャズを聴いたことがない人たちが、ジャズを聴くきっかけになってくれればと思うところです。



さて今回、何を書こうかと考えた時に、これまでの放浪派コラムで「フュージョン」、「クロスオーヴァー」に分類されるものが全く題材とされていないことに気付いた。まあ、本コラムの主旨が「主流に背を向けたジャズセレクション」であるから、当たり前と言えば当たり前だが・・・

思い返せば、私がどんどんレコードを買って、ジャズを最も熱心に聴いていた時期は、「フュージョン」、「クロスオーヴァー」と呼ばれるジャンルのバンドやプレイヤーがジャズ界を席捲していた。アメリカはもとより日本においても幾多のグループが覇を競い、レコード会社も毎月数多くのアルバムを発売して、ブームの頂点であったように思える。

そんなブームのなかでも、ウェザー・リポートというバンドは傑出した存在だった。フュージョンを毛嫌いする堅物ジャズファンからも一目置かれていたし、基本的にフュージョンをかけないジャズ喫茶でもウェザー・リポートだけは別格であった。
その証拠に、スイングジャーナル誌のジャズ・ディスク大賞金賞の受賞作を見ても、1979年度は『8:30』、1980年度は『ナイト・パッセージ』と、ウェザー・リポートが連続受賞している。ちなみに、処女作『ウェザー・リポート』は1971年度金賞、大ヒット作『ヘヴィー・ウェザー』は1977年度銀賞。詳しく調べていないが、金賞を3回も受賞しているプレイヤーやグループは、他にいないのではないだろうか。

それと、ジャズファンなら誰でも強く記憶に残るコンサートやライヴがあるものだが、私のなかでも80年のウェザー・リポート来日時、大阪フェスティバルホールで「バードランド」のイントロが始まった瞬間のワクワク感は忘れられない。バンド絶頂期の来日公演で、素晴らしい演奏であったことを覚えている。

前説が長くなってしまったが、今回と次回の2回にわたり、私なりにクロスオーヴァー〜フュージョン界のスーパーバンド、ウェザー・リポートを掘り下げてみたい。

1970年に結成され、86年に解散するまで、ウェザー・リポートは15枚のオリジナルアルバムを残している。このなかでも、ジョー・ザヴィヌル、ウェイン・ショーターの二枚看板に、不世出の天才ベーシストであるジャコ・パストリアスが加わったことで、バンドが黄金期を迎えたことに誰も異論はないだろう。
そこで、ジャコの加入以前と以後に分けて、今回のコラムはジャコ以前のウェザー・リポートだ。



私とウェザー・リポートの出会いは高校2年。同級生M君の自宅で、『ブラック・マーケット』を聴かせてもらった。当時、M君は熱心にギターをやっていたが、あまたのギター小僧がジミー・ペイジやリッチー・ブラックモアなどをアイドルとしていたなか、彼はジョン・マクラフリンを師と仰ぎ、マハヴィシュヌ・オーケストラの『火の鳥』が大好きという男だった。
また、M君のお父さんがオーディオ好きで、ジャズファンだったこともあって、彼の自宅のレコード棚はジャズ喫茶なみに新譜が満載。そこで、彼がウェザーの新譜『ブラック・マーケット』を取り出し、「聴いてみる?」



Black Market
Weather Report
【Amazon のディスク情報】

『BLACK MARKET』(Columbia PC 34099)
ウェイン・ショーター(ss、ts)
ジョー・ザヴィヌル(e-piano、synthe)
アルフォンソ・ジョンソン(e-bass)
ジャコ・パストリアス(e-bass)
チェスター・トンプソン(ds)
ナラダ・マイケル・ウォルデン(ds)
アレックス・アクーニャ(perc)
ドン・アライアス(perc)
1975年12月〜1976年1月 ハリウッド録音

このアルバムは名曲揃いだが、やはりオープニングのタイトル・チューン「ブラック・マーケット」がガツンと来る。デイヴ・マクマッケンがカヴァーに描いた黒人市場の喧騒にかぶさるように、アルフォンソ・ジョンソンが奏でる印象的なイントロに導かれて始まるこの曲は、非常に牧歌的で祝祭的だ。この南国の空気感はアルバムを通じて一貫していて、トータルのコンセプトを持った作品である。

オリジナルアルバムとして、通算6作目にあたる本作品が録音されるまで、ザヴィヌルとショーターの最大の悩みは、バンドのリズム隊が固定できないことにあった。特に、このアルバムのレコーディング中はメンバーの入れ替わりが激しく、はじめに「ジャコ以前」と書いたが、実際はアルフォンソ・ジョンソンの後釜として、7曲中2曲でジャコがベースを弾いている。
この内、「バーバリー・コースト」は彼のオリジナルで、ファンキーなメロディを持った曲。この曲を聴くと、ジャコの持っていた作曲の才能にも驚かされるが、ベースのテクニックには今でも言葉を失う。当時、これを聴いた他のベーシスト達の驚きはどんなものであったのか、想像もつかない。

エレクトリック・ベースをほとんど演奏しなかった初代ベーシスト、ミロスラフ・ヴィトウスに代わり、バンドの完全なエレクトリック化に貢献したアルフォンソ・ジョンソンのファンクなグルーヴも素晴らしい。しかしながら、この後、ウェザー・リポートがアリーナ・ロックの連中と肩を並べるまでの商業的成功を収めることとなるには、ジャコ・パストリアスがどうしても必要であったということだ。



『ブラック・マーケット』録音の約1年前、マイアミでのコンサート後のバックステージで、偶然にザヴィヌルとジャコが出会う。ジャコは当時マイアミ大学でベースを教えながら、大学のビッグバンドにも加わっていて、当日はこのビッグバンドがウェザー・リポートの前座を務めていたらしい。
翌日、ジャコがマイアミのホテルにザヴィヌルを訪ね、これをきっかけに二人は連絡を取り合い、ジャコはデモテープをザヴィヌルに送るようになった。

アルフォンソ・ジョンソンがビリー・コブハム〜ジョージ・デューク・バンドへ参加するため、脱退の表明をした時、真っ先にザヴィヌルの頭に浮かんだものは、ジャコが送った「ドナ・リー」のデモテープだったようだ。
「ドナ・リー」は、ウェザー加入前にジャコが完成させていたファースト・アルバム『ジャコ・パストリアスの肖像』の1曲目に収録されている。ジャコはこの有名なパーカーのビバップ曲をドン・アライアスのコンガとのデュオで演奏しており、もしも読者で未聴の方がおられたら、You Tubeで簡単に聴けるので、是非体験してみて欲しい。これを聴くと、ザヴィヌルがジャコに白羽の矢を立てたこともむべなるかなという気持ちにさせる。ただ、ザヴィヌルはジャコがウッド・ベースを弾いていると思い込んでいたようで、フレットレスのエレクトリック・ベースによるプレイとは思ってもいなかったようだ。改めて聴いてみたが、エレクトリック・ベースが持つフィンガリング・ノイズが全く聴こえないテクニックは驚異的だ。



Tail Spinnin'
Weather Report
【Amazon のディスク情報】

『TALE SPINNIN’』(Columbia PC 33417)
ウェイン・ショーター(ss、ts)
ジョー・ザヴィヌル(e-piano、synthe、etc)
アルフォンソ・ジョンソン(e-bass)
レオン・チャンクラー(ds)
アリリオ・リマ(perc) 
1975年1月〜2月 ロサンゼルス録音



この作品は『ブラック・マーケット』の前のアルバムで、完全に「ジャコ前夜」。ウェザーには珍しく完全に固定された5人のメンバーで録音されている。邦題『幻祭夜話』は、アルバム全体の「祝祭性」〜南国のお祭り感を表現するにピッタリで、優れたタイトル名だ。
そして、「かつて天の川を見上げた彼らが、地上に降りてきて踊り出した!」 油井正一氏の評論で、この一文がアルバム全てを物語っている。

ショーター、ザヴィヌル、ミロスラフ・ヴィトウスの3人がウェザー結成時に目指したものは、「We always solo and never solo」(デビュー作に記されたザヴィヌルのコメント)。これが共通理念であったが、いつしかバンドはコズミック・ジャズに繋がる宇宙性に傾倒していくとともに、商業的成功を収めていたチック・コリアのリターン・トゥ・フォーエヴァーや、ハービー・ハンコックのヘッドハンターズなどを、否が応にも意識せざるを得ない状況に身を置かれていた。

このようななか、油井正一氏はバンドが傾倒していた宇宙性を「天の川」という言葉で比喩し、「踊り出した」という言葉で、この後「祝祭性」をベースにバンドが進撃していくことを予見していたように思える。

後年の完璧なバンド・アンサンブルからすれば、稚拙な部分もあるかもしれないが、本アルバムを発表することで、ウェザーは「南国のお祭り騒ぎまでのポップ化宣言」を行う。ただ、ポップ化と言うが、このバンドが凡百のチープなフュージョン・バンドと違うところは、ジャズ的エッセンスのレベルの高さ。その代表がショーターのサックス・ソロで、『幻祭夜話』では特に爆発しているように感じる。

また、バンド結成時には「電化マイルス」からの影響が垣間見えるが、この『幻祭夜話』ではそれが全く感じられない。「電化マイルス」からの完全な決別と言えば、言い過ぎだろうか。



ジャコ以前のウェザー・リポートはこれくらいにして、次回は『ヘヴィー・ウェザー』以降のウェザー・リポートを書いてみたいと思います。


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