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Kind of Jazz Night

さんふらわあ JAZZ NIGHT 初代プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。


撰者
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦

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第98回

ナイス・アンド・イージー
ジョニー・リトル
撰者:松井三思呂


【Amazon のディスク情報】

前回のコラムで採り上げたシダー・ウォルトン『ナイト・アット・ブーマーズ』のVOL.1。このアルバムのVOL.2を長年探しているが、不思議と縁がないことを著したところ、いつもコラムを読んでいただいている元町のジャズバー「Doodlin'」のマスターが、三宮の中古盤屋で掘り出してくれました。
内容は予想に違わず、VOL.1と同じように熱い演奏で大満足。マスターに感謝、感謝です!

そう思っていると、今度は悲しいことに、アルバムを手に入れて間もなくの8月19日、シダー・ウォルトンがニューヨークの自宅で79歳の生涯を閉じたという訃報。2回連続でコラムに書いたことも、何か縁を感じるところです。ここに、心からご冥福をお祈りいたします。



さて、今回はヴィブラフォンという楽器に焦点を当てたい。
なぜヴァイブなの? ということだが、理由のひとつは酷暑の夏を何とか乗り切った今、夏の風物詩である風鈴の音がヴィブラフォンを連想させたこと。
もうひとつは100回を目前にしながら、これまで我々が紹介してきた作品のなかで、ヴァイブ奏者のリーダー作は大橋さんの65回コラム、ライオネル・ハンプトン『オールスターバンド・アット・ニューポート 78』だけであること。

そこで、今回はジョニー・リトル(発音は「リエティル」に近い)の『ナイス・アンド・イージー』(Jazzland)を。



『NICE AND EASY』(Jazzland JLP 67)
ジョニー・リトル(vib)、ジョニー・グリフィン(ts)、
ボビー・ティモンズ(p)、サム・ジョーンズ(b)、 ルイ・ヘイズ(ds)
1962年1月29日 ニューヨーク録音
【Amazon のディスク情報】

ところで、ジャズのヴァイブ奏者と言えば、そのルーツはライオネル・ハンプトン。
もともとドラマーであった彼は、1930年、ルイ・アームストロングの録音に参加した際、偶然にスタジオにヴィブラフォンがあって、アームストロングから弾いてみるように言われる。
このことをきっかけに、彼はヴィブラフォンの研鑚を積み、1936年には黒人として初めて、ベニー・グッドマン・カルテットのメンバーに抜擢され、スターの座を獲得する。

その後、自己のオールスター・バンドを結成し、「フライングホーム」、「スターダスト」などのヒット曲を連発。バンドは40〜50年代に絶頂を極め、私の58回コラムのネタであるイリノイ・ジャケーなど、数えきれないほどのビッグネームを輩出した。

この辺りのことは、大橋さんのコラムに詳しいが、ライオネル・ハンプトンという人は大橋さんが分析しているとおり、ジャズという世界を超越したショービジネス界のエンターティナー、もっと言うならば芸能人であって、私もヴァイブ奏者という観点から、彼の音楽を評価するべきではないと思う。

それでは、ハンプトン以外のミュージシャンはどうだろうか?
やはり、ミルト・ジャクソンが圧倒的存在だ。多かれ少なかれ、彼の奏法の影響を受けていないヴァイブ奏者は皆無であると言ってもよいくらいだろう。

ヴィブラフォンはその名前が表すとおり、マレットで叩く鉄製の音板の下に共鳴パイプが付けられていて、そのパイプの上部の羽根が電気モーターで回転し、パイプの口を開閉することで、音にヴィブラートがかかる仕組みになっている。これに加えて、ヴィブラートを止めるダンパーペダル、マレットの本数(2本ないし4本)、材質や大きさの違いで、奏者のスタイルや音色に違いが生じる理屈である。

ミルト・ジャクソンは大きなヘッドを持つマレットと、羽根の回転速度を遅くし、彼独特のゆったりしたヴィブラートを創出することで、多くのフォロワーを生みだした。

これに対して、ゲイリー・バートンはヴィブラートを使わず、4本マレットを用いて、マレットによるダンプニング(消音)奏法を確立した。彼の編み出した奏法により、ヴィブラフォンがコード楽器としてピアノと遜色ないことが認識され、バートンは現在でもヴィブラフォン界の第一人者として君臨している。

ヴァイブ奏者列伝はこれくらいにして、前に戻り、今回の主役がなぜジョニー・リトルなのか?
それは一言で言えば、彼がそのキャリアを通じて、黒人から絶大な支持を得たヴァイブ奏者であったからだ。
彼のスタイルは一貫してファンキーで、ソウルフルでイナタイ。彼が奏でる音楽はダンスミュージックで、エンターテイメント性が強く、数少ないコテコテ系ヴァイブ奏者である。
また、奏法は別にして、ライオネル・ハンプトンの持つエンターテイメント精神を継承しているヴァイブ奏者とも言えるだろう。

しかしながら、ジョニー・リトルは60〜90年代にかけて20枚以上のリーダーアルバムを発表しているにも関わらず、多くのコテコテ系ソウル・ジャズメンがそうであったように、レア・グルーヴやクラブシーンで注目を集めるまで、日本においては全く無名の存在であった。

まあ、スイングジャーナル全盛期におけるジャズ・クリティックの世界では、ヴィブラフォンと言えば、メタリックで歯切れの良いサウンド、MJQに代表される室内楽的サウンドが王道とされてきていたので、リトルが知られていなかったことも仕方がないことかもしれないが・・・。



ジョニー・リトルは1932年10月13日、オハイオ州スプリングフィールドの生まれ。
トランペッターの父とオルガニストの母の間に生まれた彼は、父親が率いるファミリーバンドのドラマーとして、ミュージシャンのキャリアをスタートさせる。その後、レイ・チャールズ、ジミー・ウィザースプーンなどのバンドに加わるとともに、ヴィブラフォンも習得する。

また、彼はバンド活動と並行して、ボクシングにも熱中し、アイラー・ギトラーのライナーによれば、ゴールデン・グローブ・チャンピオンを2回獲得している。 元ドラマーと言えば、やはりライオネル・ハンプトンを連想させる。元ボクサーのジャズメンと言えば、レッド・ガーランドが有名だ。

やがて、リトルはジャズとボクシングの二足のわらじから、ヴィブラフォンに専念して、サックス、オルガン、ドラムを加えた自己のコンボを結成、東部や中西部の小さなジャズクラブをサーキットするようになる。

このようなサーキットを続けるなか、リヴァーサイド・レコード設立者の一人であるオリン・キープニュースが偶然にリトルの演奏を耳にする。キープニュースはリトルを気に入り、彼にレコードデビューの機会を与え、リトルはジャズランド〜リヴァーサイドに通算6枚のアルバムを残す。

今回の推薦盤『ナイス・アンド・イージー』は6枚中3枚目のアルバムで、デビュー作と2枚目の作品はヴァイブ〜オルガン〜ドラムというトリオ編成。
4〜6枚目の作品もリードの管楽器は加わらず、上記のトリオ編成にベースとパーカッションが加わった構成だ。

リトルはこのジャズランド〜リヴァーサイドを手始めに、95年に亡くなるまで、チューバ、パシフィック・ジャズ、ソリッドステート、マイルストーン、ミューズといったレーベルにリーダー作を残しているが、多くのアルバムでオルガンを相棒として、イナタイ独特のグルーヴを生みだしている。

そういったことから言えば、オルガンのいない『ナイス・アンド・イージー』は異色のアルバムだ。
サイドは超豪華メンバー、ジョニー・グリフィンが吠えまくり、ボビー・ティモンズが弾け、サム・ジョーンズとルイ・ヘイズがリズムを固める。役者が揃ったという感じ。

正直に言うと、数年前に中古盤屋でこのアルバムを手にした時、私はリトルを知らなかった。
ただ、サイドメンは大好きな4人で、特にグリフィンが参加しているジャズランド〜リヴァーサイド盤は全て持っておきたく、このアルバムもコレクションに加えた。
また、楽器の編成からは、オルガンではなくピアノが入っていることもあって、中身は非常にハードバピッシュな演奏だ。キープニュースも3枚目ということで、オルガン入りトリオ編成から趣向を変えたかったのかもしれない。

収録曲はA面に「But Not for Me」、「Soul Time」、「That's All」、「322-Wow!」、B面に「Coroner's Blues」、「Nice and Easy」、「Old Folks」の計7曲



「But Not for Me」はガーシュイン作のスタンダードで、ヴァイブによるテーマの後、いきなりグリフィン先生が吠えまくる。ソロの途中で得意の早吹きフレーズも飛び出し、どうなることかと思わせるが、破綻なくまとめるところが職人芸。
ところで、私はハードバップのファンで、ジョニー・グリフィンを嫌いという人に会ったことがない。
それだけ、彼は楽器を演奏する技術と音楽にかける情熱がストレートに表出されるミュージシャンだということだろう。何度かライヴに接しているが、手抜きがなく、一生懸命が伝わってきて、大好きなテナー吹きだ。

「Soul Time」はティモンズのオリジナルで、リーダー作(Riverside RLP-334)のタイトルにも使われたナンバー。
6/8拍子のワルツタイムで演奏され、ソロ先発のリトルはヴィブラートを抑えながらも、ソウルフルでアーシーなフレーズを展開する。

「That's All」はスタンダードのバラード。久しぶりにじっくり聴いてみたが、ヴィブラフォンのバラードって、渋くてカッコイイ!
サム・ジョーンズとルイ・ヘイズのリズムも分厚い。この二人、前回のコラム『ナイト・アット・ブーマーズ』からのお付き合いだが、全く文句なし。

「322-Wow!」はまさにワォ〜! 超アップテンポ、これぞハードバップというナンバーで、このアルバムのハイライト。リトルのオリジナルで、322は彼の生地の番地らしい。
ルイ・ヘイズの火の出るようなイントロに導かれ、テーマは「Milestones」に似た感じ。
先発リトルのドライブ感満載のソロからワクワク。続くティモンズも息をつかせぬような超高速パッセージを紡いでいく。トリは早吹きグリフィン先生で、ここまで来ると、聴いている方は昇天もの、一丁上がり!
至福の4分7秒、この一曲だけでも、アルバムの存在意義があるような興奮もののトラック。

B面はリトル作の「Coroner's Blues」、グリフィン作の「Nice and Easy」と、ミディアム・ブルースの二連発。
ゆったりしたテンポで、どちらも7分を超える演奏であり、メンバー各人の個性が堪能できる。
特に、リトルのソロは一音一音を大切にしていて、几帳面な印象を受ける。

「Old Folks」はグリフィン抜きのカルテット演奏。
これもミディアムテンポで悪くはないのだが、欲を言えば、グリフィン先生も入った「322-Wow!」のようなアップテンポで締めて欲しかったところ。



という訳で、『ナイス・アンド・イージー』は、ヴィブラフォンを全面にフィーチャーしたハードバップの隠れ名作と言えるだろう。
何気に買ったアルバムがこのように大当りすることがあるので、まだまだレコハンはやめられない。

ただ、サイドメンの豪華さや楽器編成(相棒のオルガンがいないこと)を考えると、『ナイス・アンド・イージー』はジョニー・リトルが裃を着た作品とも言えるかもしれない。
そこで、普段着のリトルが聴ける作品も紹介しておきたい。


『THE LOOP/NEW AND GROOVY』(CDBGPD 961)
【Amazon のディスク情報】

このアルバムは、リトルがジャズランド〜リヴァーサイド時代の後、チューバ(Tuba)・レーベルに残した2枚のアルバム(『THE LOOP』(Tuba LP-5001)、『NEW AND GROOVY』(Tuba LP-5002))を1CD化したもの。ジャズはアナログを自負する私も、さすがにこれはCD音源。
このリイシューもイギリスのACEが手掛けており、イギリスのクラブジャズ界で評価が高かったことが窺える。

2枚のアルバムともに、いくつかの曲でウィントン・ケリーのピアノが加わっているが、ミルト・ハリスというオルガン奏者を相棒に、リトル特有アシッド感抜群の演奏が収められている。

オススメは『THE LOOP』からタイトル曲「THE LOOP」、『NEW AND GROOVY』から「THE SNAPPER」。どちらの曲にもコンガが入っていて、ラテンジャズの匂いが漂う。シングルカットされていて、黒人のオニイチャン、オネエチャン御用達のダンスミュージック!

また、『NEW AND GROOVY』収録の「SELIM」(この曲も「Milestones」に似てる!)は、渋谷系(もう死語?)を代表するバンド、田島貴男率いるオリジナル・ラヴの「Million Secrets of Jazz」の元ネタとしても有名らしい。さすがにカッコイイ曲だ。



最後に、少しだけ付け加えておきたいことがあります。
今回のコラムはコテコテ系ヴィブラフォンという視点から、ジョニー・リトルを採り上げました。
しかし、ジャズ界にはリトルに勝るとも劣らないコテコテ系ヴァイブ奏者がいます。
91回コラムのなかで、吉田さんが一言だけ「モンスター」と書いているビリー・ウッテン。
吉田さんに教えてもらった『THE WOODEN GLASS』、聴いてみてビックリ!
これ以上書くと、・・・。吉田さん、この放浪派コラムでウッテンを掘り下げて下さい。お願いしま〜す!


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