大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦
ジャック・ウィルソン
撰者:吉田輝之
【Amazon のCD情報】
こんにちは、涼しくなりやたら眠っている吉田輝之です。通勤時や休憩時に眠っている時間も入れれば一日10時間ぐらい眠っています。こんなに眠いのは高校生以来です。
さて、今回はジャック・ウィルソンの「TWO SIDES OF JACK WILSON」です。続けて次回に「JACK WILSON QUARTET Featuring ROY AYERS」を紹介します。
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昔から夏の思い出を綴った曲が好きだ。
子供の頃は中田喜直作曲の「夏の思い出」、10代はパーシー・フェイスの「夏の日の恋」、30代の初めは山下達郎の「さよなら夏の日」。あと映画の主題曲にもなったミシェル・ルグラン作の「おもいでの夏(英名SUMMER OF‘42またはSUMMER KNOWS)」も忘れられない。
「おもいで夏」は1971年作品だが、ルグラン作で「ONCE UPON A SUMMERTIME」という、やはり夏の思い出を歌った曲がある。原題は「VALSE DES LILAS(リラのワルツ)」で1954年の作曲、1962年にジョニー・マーサが英詞をつけ「ONCE UPON A SUMMERTIME」の曲名でブロッサム・ディアリーが歌いヒットした。
英詞では
「Once upon a summertime、if you recall、We stopped beside a little flower store(あの夏の日のこと、あなたは覚えていますか。二人で小さな花屋さんに立ち寄って)」と歌いだすこの曲も大好きで、最初に聴いたのはマイルスの「QUIET NIGHT」かビル・エバンスとモニカ・ゼタールンドの「WALTZ FOR DEBBY」だったと思う。
おそらくアメリカで最もスタンダード化したルグランの曲で、その他、オスカー・ピーターソンやチェットベーカー、トニー・ベネットやサラ・ヴォーンの他すごくたくさんの人が演奏し、歌っている。
しかし、僕にとってこの曲のベストは、ジャック・ウィルソンが「TWO SIDES OF JACK WILSON」で演奏したヴァージョンだ。
ジャック・ウィルソンというピアニストの話を出すと、多くのジャズファンはまず「ブルーノートの‘EASTLY WIND’のジャック・ウィルソン」と答えるだろう。そして続けて「リー・モーガンとジャッキー・マクリーンの入ったレコードね」と付け足すのが普通だ。
ジャック・ウィルソンという人は、ブルーノートに作品を数枚残したミュージシャンの一人として評価はされているが、「地味な存在」というのが、多くのジャズファンの認識だろう。
もちろん僕もその多くのジャズファンの一人だった。唯一持っている「EASTLY WIND」のCDを数年に一度聴くかどうかというところで、ピアニストとしてテクニックはあるがハードバッパーとしてはあっさりしており、むしろ作曲能力は独特なものがあるなあ、まあ、「EASTLY WIND」一枚あれば取りあえず良いか、とかという程度だった。
しかし、64年にアトランティックから出された彼の2枚目のリーダー作「TWO SIDES OF JACK WILSON」を聴いて、その考えはガラッと変わった。ドラムがフィリー・ジョー・ジョーンズ、ベースがリロイ・ヴィネガーのトリオ演奏だ。
このレコード、題名から判るとおり、A面はアップテンポのファストサイド、B面はバラードで固めている。
サイドのフィリー・ジョーは言わずと知れたハードバップを代表する「叩きまくる」ドラマーだ。一方のリロイ・ヴィネガーだが、東のポール・チャンバーズ、サム・ジョーンズを差し置き「THE WALKER」または「MR.WALKER」「MIGHTY WALKER」と呼ばれるウオーキングベースの神とわれた男である。
このレコードが録音された1964年当時、東西のドラム、ベースの第一人者といってよいだろう。対して主役のジャック・ウィルソンはまだ28歳の無名のピアニストだ。
しかし、このレコードでの彼のピアノをぜひ聴いてほしい。1曲目のタッド・ダメロンの書いた「THE SCENE IS CLEAN」からウィルソンは二人に一歩も引けをとらない演奏を聴かせている。
2曲目のGLASS ENNCLOSER(ガラスの檻)はアメイジング・バドパウエルの第2集にあるバド・パウエルの曲だ。小曲だが4部構成からなるこの複雑な曲を、ウィルソンは一気呵成に弾いている。
3曲目と4曲目はウィルソンのオリジナルだ。「GOODTIME JOE」はテーマが実にファンキー。ちなみにこのJOEはフィリー・ジョーではなくアルトサックス奏者のジョー・マイニーのことだ。4曲目の「KINTA」はヴィネガーがジャック・ウィルソンに送ったジャーマンシェパードの名前らしい。キンタというと、つい日本人の我々は「金太」と思ってしまうが、アフリカ系の名前だな。高速で駆け抜けていくジャック・ウィルソンも素晴らしいがフィリー・ジョーのドラム、ヴィネガーのベースも凄い。
しかし、このヴェネガーというベーシスト、派手な演奏はしないのだが、この人がバックにつくと一回りも二回りも演奏のスケールが大きくなる。
A面は叩きまくるジョー、歩きまくるヴィネガン、指が動きまくるウィルソンとこの「まくる」トリオによる胸のすくような快演だ。
しかし、このレコードでのウィルソンの真価はB面にあると思う。
B面の1曲目は冒頭で述べた「ONCE UPON A SUMMERTIME」だが一聴、カクテルピアノのようでいてジャズとしか言いようない演奏だ。
途中、ウィルソンの指から感情があふれ出てきて陶然としてしまった。ウィルソンの演奏はあっさりしているようで実はソウルフルだ。
2曲目の「SOMETIME AGO」はビル・エバンスや後々ペトルチアーニも取り上げた曲だがウィルソンのこのヴァージョンがジャズでは一番早かったのではないか。
3曲目の「THE GOODLIFE」ももとはシャンソンで1963年にトニー・ベネットが歌いスタンダードとなった。
4曲目の「THE END OF LOVE AFFAIR」はビリーホリデーで有名なスタンダード。
B面のバラードは原曲を崩すことなく演奏しており全てが美しい。それでいながら、ウィルソンの解釈は明らかに新しいのだ。
バックの二人、特にフィリー・ジョーはA面とはうって変りギリギリまでに抑制されたバック演奏で、さすがだ。
このレコード、隠れた傑作というより、「あからさまな傑作」だと思う。
※
Two Sides of Jack Wilson
Jack Wilson
1. The Scene Is Clean
2. Glass Enclosure
3. Good Time Joe
4. Kinta
5. Once Upon A Summertime
6. Sometime Ago
7. The Good Life
8. The End of A Love Affair
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【蛇足たる補足1】
以前、ソニー・クリスについて書いた時に、ウエスト・コーストにおける黒人ジャズシーンについて少しふれました。
50年代に入り、ウエスト・コーストの黒人ジャズシーンが衰退していき、それは56年のクリフォード・ブラウンの死で決定的になり、一時ウエスト・コーストを拠点としたローチやロリンズ、ミンガス等の大物(といっても当時はまだ30代)はもとより、ケニー・ドリュー、ソニー・クラーク、アート・ファーマー、カーメル・ジョーンズ等の若手達、エリック・ドルフィー、オーネット・コールマンといったイノベーター達もNY等に拠点を移し、デクスター・ゴードンやソニー・クリスはヨーロッパに渡ってしまい、早い話、黒人部隊の主力メンバーがごそっと西からいなくなってしまします。
ウエストで活動を続けたのはJATPの面々を除けば、一線級ではハロルド・ランドとテディ・エドワーズぐらいでしょうか。
しかし、1930年代後半から40年代前半に生まれた世代によるウエスト・コーストの新主流派とでも言うべきジャズマンが東部と同じく当地でも台頭してきており、今回紹介するジャック・ウィルソンもその一人です。彼は決して日本で一流として評価されたピアニストでありませんが、間違いなく60年台前半、ウエスト・コーストで最前衛にいたミュージシャンの一人でした。
今回ウィルソンの他、何人か同時代のジャズマンのことを集中的に書こうと思ったのですが、あいかわらずの遅筆でやはり無理でした。これから不定期にボソボソと書いていきます。
【蛇足たる補足2】
実は私、ルグランの「SUMMER KNOWS」と「ONCE UPON A SUMMERTIME」と混同しており、実はこの文章を書くにあたり大混乱状態になってしまいました。最初、堂々と「ONCE UPON A SUMMERTIME」を1971年の映画の主題曲でとして延々とその映画の思い出を語っておりました。ああ、恥ずかしい。まぎらわしい曲を書くな ルグラン!
あと「ONCE UPON A SUMMERTIME」の歌ものでは、オリジナル?のブロッサム・ディアリーが一番好きです。すごくいいですよ。
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