大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦
撰者:松井三思呂
オリンピックの夏、連日深夜まで観戦してしまい、慢性的な睡眠不足状態でした。何といっても、なでしこの銀メダル、アメリカとの決勝戦は最高に面白い試合でしたね。今回のオリンピックは日本伝統の「団結」とか「和」が前面に出て、特に競泳男子メドレーリレーの「康介さんを手ぶらで帰らすわけにはいかない」にはシビレました!という訳で、オリンピックも終って、ようやくジャズコラム・モードの松井です。
前回はコテコテ系の元祖ホンカー、イリノイ・ジャケーを紹介したので、今回は好対照な白人テナーマンを採り上げる。テナー職人、ズート・シムズの一枚を!
※
私が初めて手に入れたズート・シムズのアルバムは、『Jazz Alive! A Night At The Half Note』
(United Artists UAL4040)。著名なアル・コーンとの双頭コンボに、フィル・ウッズがゲスト参加するというゴージャスな作品だ。大学生協のセール(普段でも10%引きだが、確かセールでは20%引き)で、新品の廉価盤、金千円也だった記憶がある。
これまでのコラムでも書いてきたように、この頃の私はフィル・ウッズ〜ジーン・クイルや、エディ・ロックジョー・デイヴィス〜ジョニー・グリフィンといったサックスバトル隊が大のお気に入り。「ウッズ先生が入っているテナーバトル物か・・・」程度の軽い気持ちで、ターンテーブルに載せたところ、A面アタマの「ラヴァー・カムバック・トゥー・ミー」から完全にKOされてしまった。「ラヴァ・カン」は数多くのミュージシャンが演っているが、未だにこのアル&ズートの演奏に対抗できるものは、エド・サリバン・ショーのザ・ピーナッツだけだと思っているほどだ。
ズート・シムズは1947年、22歳でウディ・ハーマン楽団に参加して、レコーディング・キャリアをスタートさせている。楽団ではセカンド・ハードの看板サックス・セクション「フォー・ブラザース」の一翼を担った(他の3人はスタン・ゲッツ、ハービー・スチュワード、サージ・チャロフ!!!)。楽団を退団後、アル・コーンとのコンビで多くのアルバムを録音するとともに、プレスティッジ、リヴァーサイドなど、数多くのレーベルにリーダーアルバムを残している。また、75年以降は85年に亡くなるまで、ノーマン・グランツのパブロに多くの作品を吹きこんでいる。
さて、「ズート・シムズの一枚」と書いたものの、何を選ぶか非常に困った。というのも、最初に手に入れたハーフノートのライブ盤をはじめとして、私のレコード棚には10枚のリーダーアルバムが並んでいるが、彼はサックスの「匠」と呼びたいほど、凡作・駄作が全くない。その反面、「一生ついていきます!」と思わせるほどの決定盤がないことも事実である。
そこで、少し反則っぽいが、今回のコラムは私のズート・シムズのコレクションから、「一枚」を選ぶ道程そのものを書いてみたい。
<第1次選定>
【条件1】冒頭に記したように、アル&ズート名義は素晴らしい作品が多いが、あくまで双頭コンボであるので、ここでは単独リーダー作に絞る。
【条件2】パブロ期も優れた作品が多いようだが、私が所有するアルバムは『Soprano Sax』(Pablo 2310-770)で、タイトルどおり全編にわたりソプラノサックスを演奏している。大変センスの良い選曲と、彼もサックスの「匠」ぶりを発揮している大好きな作品だが、やはりテナー職人ぶりが聴けるものにしたいので、ここではテナーを演奏しているものに限定。
<第2次選定>
というわけで、コレクションの10枚から第2次選定に残ったものは次の4枚。
録音の古い順に記すと、
【1】『Zoot Sims In Paris』
レーベル:
デュクレテ・トムソン(250V023)
メンバー:
ズート・シムズ(ts)
ジョン・アードレイ(tp)
アンリ・ルノー(p)
ブノワ・ケルサン(b)
シャルル・ソードレ(ds)
録音:1956年3月16日パリ
本アルバムはジェリー・マリガン・セクステットのメンバーとして、パリを訪れていたズートにアンリ・ルノーが内職を持ちかけ、同僚のジョン・アードレイを伴って、現地のリズム隊と行ったセッションを録音したもの。オリジナルは10インチ盤でプレス枚数が極端に少なく、いわゆるコレクター垂涎の幻の名盤として、今でも数十万円で取引されているブツらしい。私のCDは東芝EMIが2002年に発売したもので、リハーサルの4曲(本録音の前夜、オランピア劇場のライブ終了後)を加えた11曲入りであるが、2010年には澤野工房が10インチのオリジナル仕様でアナログ盤をリイシューしている。なお、ズート・シムズには後で紹介する同名のアルバムがあることから、本作は「デュクレテ・トムソンのズート」と呼ばれることが多い。
【2】『Zoot』
レーベル:
アーゴ(LP608)
メンバー:
ズート・シムズ(ts、as)
ジョン・ウィリアムス(p)
ノビー・トッター(b)
ガス・ジョンソン(ds)
録音:1956年10月12日シカゴ
私が持っているレコードは、75年に日本ビクターが出した廉価盤「カデット・ジャズ・20シリーズ」のなかの1枚で、そのオビ(当時オビは大抵捨てていたが、これは何故か残していた)のコピーを持って、作品のプロフィールとしたい。「レスター・ヤング派の名テナーとして、別格の人気を誇る白人テナー奏者、ズートの力量を遺憾なく見せた定評ある歴史的名演。」実際、今でもジャズ喫茶世代のオヤジのブログで、「ズートの一枚」として紹介されていることをよく見かける作品である。
【3】『Down Home』
レーベル:
ベツレヘム(BCP6051)
メンバー:
ズート・シムズ(ts)
デイヴ・マッケンナ(p)
ジョージ・タッカー(b)
ダニー・リッチモンド(ds)
録音:1960年7月ニューヨーク
ズート・シムズ34歳の作品で、ワンホーンのカルテット編成によるベツレヘム・レーベルへの吹き込み。プロデュースはバイブ奏者として著名なテディ・チャールスが手がけており、ズート自作のブルース1曲を除けば、ベイシー楽団のレパートリーや20〜30年代のスイング時代か、それ以前の古いナンバーで構成されている。ズートはこれらをミディアムより少し早いテンポで、のびのびとプレイしていて、まさに「ダウン・ホーム」→「初心に帰った」内容だ。
【4】『Zoot Sims In Paris』
レーベル:
ユナイテッド・アーティスツ(UAL4013)
メンバー:
ズート・シムズ(ts)
アンリ・ルノー(p)
ボブ・ホイットロック(b)
ジャン・ルイ・ヴィアール(ds)
録音:1961年12月パリ
デュクレテ・トムソン盤から約6年後、再びアンリ・ルノーとの共演によるパリ録音。ディスコグラフィーではパリの「ブルーノート」のライブと記しているものが多いが、岡崎正通氏の日本語ライナーによれば、プロデューサーのアラン・ダグラスのアイデアで、ナイトクラブの映画セットにお客を入れた疑似ライブらしい。事実ならば、ズートをリラックスさせようとしたアラン・ダグラス(ジミヘンの音源発掘でも有名な人)の粋な計らいだ。
いよいよこの4枚から何を選ぶかだが、次の3項目についてジャズ批評家になった気分で、独断と偏見のもと、スイングジャーナル誌やダウンビート誌のように5つ星満点の採点をして、合計点が最も多いものを「ズート・シムズの一枚」とすることにした。
≪採点項目≫
(1)ズート御大のノリノリ度
(2)サイドメンのガンバリ度
(3)選曲、ジャケットデザインのイケてる度
(1)ズート御大のノリノリ度
正直に言って、この項目の評価が一番難しい。ズート御大はスタイルの変化がほとんどなく、職人芸とも言うほどに出来・不出来の差がない。しかも、ズートのファンに「ズートの一枚」をアンケートすれば、恐らく今回ノミネートした4作品が上位にズラッと並ぶことだろう。
そうは言っても、最近のプロボクシングの採点ではないが、できるだけ優劣は付けないと、「一枚」に絞りこめない。大橋さんが直近のコラムでバド・パウエルのパリ在住時代を採り上げているが、当時のアメリカのジャズミュージシャンにとって、パリは非常にリラックスして演奏できる街であった。この「リラックス」をどう捉えるか。パリ録音の2枚をシカゴ、ニューヨーク録音より上位と考えるファンは、ズート本来のスムーズなフレージングがパリという街の空気で、更にゆとりやくつろぎを生んで、磨きがかかっていると感じているのだろう。
私の感じ方はその逆で、パリ録音も悪くはないのだが、「リラックス」が少しゆるい感じを生んで、若干緊張感に欠けているように感じる。また、パリ録音の2枚の間ではどうしても差がつかない。シカゴ、ニューヨーク録音の2枚も甲乙付けがたい。
そこで、採点は
【1】・・・★★★★☆注:☆は0.5星
【2】・・・★★★★★
【3】・・・★★★★★
【4】・・・★★★★☆
(2)サイドメンのガンバリ度
この項目については最初に答えを言ってしまうと、ベツレヘム盤が頭ひとつ抜けている感じがする。デイヴ・マッケンナ、ジョージ・タッカー、ダニー・リッチモンドのリズム隊は完璧で、文句の付けようのない出来。特に、デイヴ・マッケンナは中間派のイメージを持っていたが、ここではモダンなソロも披露して素晴らしい演奏だ。
これに対して、アーゴ盤も悪くはないのだが、ピアノのジョン・ウィリアムスがイマイチ弾けていない。手数は多いピアニストであるが、何かアイデアに欠けているような気がする。ノビー・トッター、ガス・ジョンソンは好演。
パリ録音の2枚については、何はともかくアンリ・ルノーである。この人をどう評価するか。ヨーロッパのピアニスト特有の知的なフレーズを繰り出すが、私の好みのタイプではない。
加えて、デュクレテ・トムソン盤はジョン・アードレイというラッパがもうひとつ好きになれない。個性を感じさせないトランペットだと思う。
サイドメンの採点は
【1】・・・★★★
【2】・・・★★★★
【3】・・・★★★★★
【4】・・・★★★☆
(3)選曲、ジャケットデザインのイケてる度
選曲という面では、ズート御大のリーダー作はほとんど同じパターン。基本的にはミディアムからアップテンポのスタンダードが中心で、これにバラードと御大やメンバーのオリジナル(即興的なブルースが多い)が2〜3曲加わるというもの。ただ、ベツレヘム盤だけは例外的に泣きのバラード演奏が選曲されていない。
デュクレテ・トムソン盤では、アタマの「キャプテン・ジェッター」(アンリ・ルノー作)が聴きもの。ハードバップ風のユニゾンから御大のソロへの流れが、躍動感満載のトラックである。しかし、何と言っても、このアルバムのキメ曲はクインシー・ジョーンズ作の「パリの午後」。骨太のテナーの息吹が聴こえてくる決定的な名演で、ズート・シムズのバラード演奏の極致。どこかのバーでひとり、バーボンのグラスを傾けながら聴きたい演奏だ。ジョン・アードレイが参加していないことも好材料。
同じパリ録音のUA盤は、A面が「ズートのブルース」、「スプリング・キャン・リアリー・ハング・ユー・アップ・ザ・モスト」、「ワンス・イン・ア・ワイル」、「ジーズ・フーリッシュ・シングス」、「オン・ジ・アラモ」。自作の即興ブルース→ミュージカル曲のバラード→ミディアムテンポのスタンダード→スタンダードのバラード→ベニー・グッドマンのナンバーと、ズートの王道を行く構成だ。B面も同じような構成だが、最後にA面と同様、グッドマン・ナンバーの「サヴォイでストンプ」で締めるところなど、プロデューサーであるアラン・ダグラスのセンスが光る。5つ星の選曲だ。
アーゴ盤も演奏曲は同じような構成で、A面アタマの「920スペシャル」から快調にすべり出す。本アルバムのキメの1曲は、オスカー・ペティフォード作の「ボヘミア・アフター・ダーク」。ズートはこの曲だけアルトサックスを演奏しており、彼の職人芸が満喫できる。
ベツレヘム盤は前に記したとおり、原点回帰の作品。原点回帰と言っても、ズートは生涯その演奏スタイルを変えていないので、スイング期中心の選曲に回帰したという意味だ。自作のブルース1曲を除いて、残り全てがスイング期の曲でテンポも同じとなれば、単調になって飽きそうなものだが、そうさせないところが彼のスゴイところ。
次に、ジャケットデザインだが、これははっきり言ってダメである。もともと、ズート御大は顔がいかついので、「もう少し工夫しろよ!」と言いたい。意匠として見るべき点はない。4枚を比較するなら、デュクレテ・トムソン盤が「まだましかな」という程度。ベツレヘム盤に至っては、「これで売る気あるの?」という感じ。
選曲とジャケットを採点すれば、
【1】・・・★★★★☆
【2】・・・★★★☆
【3】・・・★★★
【4】・・・★★★★
さあ、いよいよ結果発表である。3つの採点項目を合計すれば、
【1】・・・12星
【2】・・・12.5星
【3】・・・13星
【4】・・・12星
4頭横一線、ハナ差の写真判定というところだが、ウイナーは『Down Home』!
ベツレヘム盤の『ダウン・ホーム』が「ズート・シムズの一枚」となった。正直なもので、4枚のなかでは最もよく聴いた一枚。
最後に付け加えておくと、私の独断と偏見で「一枚」に絞り込んだものの、今回紹介した4作品はどれも傑出したもので、自信を持ってオススメできる作品である。その意味では、やはり「ズート・シムズの四枚」なのかもしれない・・・。
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