大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦
トニー・ウィリアムス
撰者:平田憲彦
【Amazon のCD情報】
マイルス・デイヴィスが60年代後半に録音した未発表音源をかき集めた『Water Babies』の5曲目に『Dual Mr. Anthony Tillmon Williams Process』という曲が収録されている。
二つのアンソニー・ティルモン・ウィリアムス氏の作用、という直訳だとさっぱりわからないが、『アンソニー・ティルモン・ウィリアムス氏の二重作用』と訳せばいいのだろうか、『Dual』というコトバがとても感覚的に使われていると思うので、私の英語力ではどの日本語も当てはまりそうにない。
『Mr. Anthony Tillmon Williams(アンソニー・ティルモン・ウィリアムス氏)』とは、もちろんトニー・ウィリアムスのことだ。そして、『Process(プロセス)』とはトニーのドラミングとサウンド構築力のことを表現しているのだろう。では、問題の『Dual』とは何を指しているのだろうか。
マイルス、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、チック・コリア、デイヴ・ホーランド、そしてトニーからなるこの曲。
とてもポップな曲調、テンポも軽快で『Dual Process』という意味が曲と関係があるとは思えない。適当に付けたのかもしれないが、なにやら意味深で気になるわけである。
ということで、私なりに解釈してみた。
つまり、トニーの二重性について、マイルスは看破していたのではないか、と。
この曲はマイルスとトニーの共作ということになっているので、当然曲名については双方の意志が反映されるだろう。マイルスもトニーも、トニー自身の二重性について認識していた、などと推測するのも、曲名とのつきあいでは楽しい想像である。
では、トニーの二重性とはなにか。それは言うまでもなく、完璧な4ビートを叩きだし、ジャズの王道を突き進む天才という一面と、もうひとつはそれ以外、ということだ。それ以外というのは、4ビート以外、ということである。
すでに60年代後半のマイルスバンドでは8ビートも叩いていて、天才的なひらめきにも拍車がかかっていたが、この2枚目のリーダーアルバム、『Spring』で表現されているフリーフォームなサウンド構築もトニーの本質であるのだ。
そして、もうひとつの『Dual』とは、おそらく『演奏者と作曲者』という二重性だろう。メロディ楽器ではないドラム奏者でありながら、トニーは作曲の才能があふれている。なにより、アルバム『Spring』の収録曲はすべてトニーの作曲である。
しかし、この『Spring』を聴いていて思うのは、いったいどの部分を差して『作曲』と呼ぶのだろう、ということだ。
2曲目の『Echo』など、トニーのドラムソロ演奏である。メロディは、まあ、無いと言っても差し支えなかろうと思う。ほかの曲も、名曲との誉れ高い『Love Song』を除いて、テーマらしいテーマは見当たらない。
これはたとえば、あるフレーズのみをもってテーマとしてしまうモードジャズの特徴がそのまま当てはまる。ロックでいえば、『リフ』である。ロック的に言うと、モードジャズはリフだけで成立してしまっている曲が多い、ということになる。
ところがこの『Spring』では、もはやリフすら見当たらない曲が多いのだから、聴いていてわけがわからない気持ちになっても不思議ではない。
はたしてこれは『曲』と呼んでいいのだろうか、と思わずにはいられないナンバーが多数を占める。というよりも、一般的に『曲』と言って通じるナンバーは『Love Song』くらいではないだろうか。他のナンバーは、『曲』というよりも『音』といってもおかしくない混沌とした世界観に覆われている。
このアルバムを聴いて、フリージャズ、というコトバがアタマをかすめるかもしれない。
パーソネルは次のとおり。
Anthony Williams - drums
Wayne Shorter - tenor sax
Sam Rivers - tenor sax
Herbie Hancock - piano
Gary Peacock - bass
※Tony はAnthony の略称である。この時代、トニーはアンソニー・ウィリアムスとの表示だった。
すべての曲でこのメンツというわけではなく、1曲目の『Extras』ではハンコックは参加していない。つまり、テナー2本、ピーコックのベース、そしてトニーのドラムとう布陣だ。テーマらしいテーマはなく、想像力を喚起させる即興演奏を存分に味わえる。
このナンバーでのピーコックは堅くてごりごりしたベースサウンドが素晴らしい。不気味と言ってもいいくらいの変則感、トニーの抜けのいいブラシワークは跳んだり跳ねたり、ビートを維持しつつ逸脱し、ジェットコースターのようだ。現れては消え、消えては現れるトニーのブラシ。ショーターとリヴァースのテナーの掛け合いも幻惑的、しかも思わせぶりで、引き込まれてしまう。メロディは無いと言ってもいいだろうが、奇妙な音空間に彷徨う快感がある。
2曲目の『Echo』はすでに述べたとおりトニーのドラムソロ。これがまた気持ちいい。録音の良さも相まって、ビートに翻弄される爽快感。1曲目からのメドレーのようなイメージで繋がっていく浮遊感。ここでも不思議で絶妙な音空間を楽しめる。
3曲目の『From Before』でようやくピアノ(ハンコック)が登場し、全員参加となる。ハンコックの存在感は際立っている。サウンドに艶が出るとはこのことだろう。
メロディらしいメロディもなく、メンバー全員がそれぞれに適当に音を出しているようにすら感じてしまう混沌空間。一般的にジャズと言われている音は、ここには流れていない。ただ、不思議なことに統一間があるのは、やはりキーが決まっているからだろう。なので、全員が適当にやっているわけではないことは明白だ。2分くらい経った頃、ようやく音空間がまとまりを見せ始め、ハンコックの壊れそうなくらいのアンバランスなピアノが美しく浮遊していく。空間を切り裂くトニーのハイハットも見事である。
そして4曲目の『Love Song』へと到達。ここで初めてメロディらしいものが出てくる。マイルスの黄金のクインテット時代、その典型のようなサウンド。やっとジャズらしいビート、スウィングが楽しめる。しかしトランペットがないので、マイルス風ではない。あくまでもトニーだ。
この『Love Song』は、ショーターが抜けて、リヴァース、ハンコック、ピーコック、そしてトニーというワンホーン・カルテットの演奏になっている。気持ちいいジャズである。切れの良いトニーのドラム、幻想的なハンコックのピアノ、控えめにスウィングするピーコックのベース、そして悠然たるたたずまいを見せるリヴァースのテナー。
アルバム最後を飾る5曲目の『Tee』では、再び全員がそろう。しかしまたメロディが姿を消し、音空間へ彷徨い込んだような幻想性が立ちこめる。テナーと呼応するハンコックのピアノ、安定したリズムを刻みながら時折あおるトニーのドラムはマイルス・クインテットで聞き慣れたものだが、マイルスがいないぶん緊張感はそれほどでもなく、緩い適当さ加減が心地良い。しかし、無軌道とも言えるバンドサウンドはやはりフリー的な香りがただよう。
素晴らしすぎる録音は名人のルディ・ヴァン・ゲルダー。1965年の8月12日である。
同年1月にマイルスバンドで『E.S.P.』を録音した後、マイルスは入院してしまい、次のスタジオ録音は1966年1月の『Miles Smiles』まで1年のブランクがある。マイルスが復帰してクインテットが演奏を行うのは、1965年の12月、シカゴでのプラグドニッケル。
このトニーによる『Spring』は、マイルスバンドが休業していた1年ほどの期間中に録音されたわけだ。ボスのいぬ間にフリーを少々、てな感じだろうか。
『Spring』のちょうど一年前、1964年の8月に録音されたトニーの初リーダーアルバム『Life Time』もかなり刺激的である。こちらの方がより実験的でフリージャズの香りが強い。ものすごく面白い音空間である。
『Spring』、『Life Time』も、即興演奏のコンセプトアルバムとも言える印象で、1965年当時のジャズシーンにおいてトップドラマーだったトニーがリーダーシップを取ったクオリティの高い音楽がパッケージされている秀作である。しかし、あえてジャズというくくりもジャンルも無視して、ただひたすらに『音楽』として聞いてみていただきたい。もしかすると自分の中にある音楽的観念がひっくり返るかもしれない。楽しめるかどうかは人によると思うが、刺激的音楽体験になることは間違いない。
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