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Kind of Jazz Night

さんふらわあ JAZZ NIGHT 初代プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。


撰者
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦

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第44回

ドント・ゴー・トゥ・ストレンジャーズ
エッタ・ジョーンズ
撰者:平田憲彦


【Amazon のCD情報】

いまでも私は、ビリー・ホリディやエラ・フィッツジェラルドのような『ジャズ・ヴォーカル』を、『ジャズ』とは少し違う音楽のように感じているところがある。
私にとってのジャズとは、おそらくバンドアンサンブルが活性化したインストルメンタル音楽なのだ。
もちろん、音楽の認識は人によって違うので、ビリーの音楽はジャズだ、と言う人がいてもいいと思うが、私にはビリーの音楽は『ジャズ』というよりは『ヴォーカル・ジャズ(ジャズ風のヴォーカルミュージック)』であり、その中でも少し感触が異なる音である。

どういうことかというと、ヴォーカルのパワーが凄すぎて、聴こえてくるヴォーカル以外の楽器の音が歌を引き立たせる脇役のように聴こえてしまうのだ。それがあのレスター・ヤングだったとしても。エラフィッツも同様だ。
なので、私がビリーやエラフィッツを聴きたいと思う時は、『ビリーの歌』や『エラの歌』を聴きたいと思う時に限られる。

しかし、私が思う『ジャズを聴きたい』という気持の時は、たとえばマイルスなら、マイルスのトランペットを聴きたい、と思っているわけではなく、マイルスのトランペットが全体を引っ張るバンドアンサンブルを聴きたい、と思っている場合が多い。
それはコルトレーンしかり、ベイシーしかり、である。

今回紹介するアルバムは、私が初めて『ジャズ』と感じたヴォーカル・ジャズのアルバムである。
つまり、私のような人のための紹介と言い換えてもいい。『ヴォーカル・ジャズ』は『ジャズ』と比べ異質な感じがする、と思っている人に勧めたい、良質の『ジャズ・アルバム』である。

初めて聴いたのはいつだったかはっきりと思い出せないが、まだ東京に住んでいる時だから、もう20年以上前だろうと思う。
どこかのレコード店でふと手にとったが、それは、プレスティッジ・レーベルでヴォーカルものがあるという事に惹かれたというのがひとつ。そして、このアルバムジャケット。なんとも言えず地味で、シンガーのアルバムと思えないくらい主張を抑えたデザイン。

そもそもブルーノートやプレスティッジはジャケットデザインがモダンデザインの手法を多く取り入れているので、ストイックなグラフィックデザインが多い。それにしても、ボーカルアルバムでここまでデザインが地味でいいのだろうか、と、ちょっと気の毒な感じがした。

なぜか、聴いてあげないと悪い、というような気になったのである。今思うと妙な話だが、アルバムが『私を聴いてみてくれ』と語りかけてきた、というと綺麗な言い方になるかな。

そして帰宅するなりターンテーブルに載せた。
エッタ・ジョーンズというシンガーは初めてだったし、パーソネルで知っているのはドラムのロイ・ヘインズ、サックス/フルートのフランク・ウェスだけだったので、新鮮な気持で聴いた。

スウィンギーなアップテンポナンバーやミディアムテンポなナンバー、そしてスローバラードがバランスよく配置された良質のアルバムで、ちょっと鼻にかかったようなヴォーカルがスモーキーで若干ハスキー、選曲もスタンダードが多くて聴きやすい。とても良いアルバムと感じたが、どこかで、なにか引っかかるところがあった。

私は前述のように、ヴォーカルジャズとジャズを少し分けて考えていたので、このエッタ・ジョーンズのアルバムも『ヴォーカルジャズ』として聴く身構えだったのだ。
しかし、そうは聞こえないのである。つまり、『ジャズ』に聞こえるのだ。それもいわゆる『モダンジャズ』の音に。

今回、実はCDを買い直して聴いていて、このアルバムがジャズに聴こえたその理由を私なりに解釈してみた。結論は、録音である。ジャズの音になっているのは、きっと録音の成せる技なのだ。

録音はルディ・ヴァン・ゲルダーだった。1960年6月にニュージャージーのヴァン・ゲルダー・スタジオで録音されている。ピアノトリオを土台として、フランク・ウェスのワンホーンにスキーター・ベストのギターを加えたクインテットがバンドで、そこにエッタ・ジョーンズのヴォーカル。それがこのアルバム『Don't Go To Strangers』である。
ワンホーン・クインテットという、とてもモダンジャズらしい編成をバックに録音されたヴォーカルアルバムなのだ。

ルディ・ヴァン・ゲルダーはエッタのヴォーカルをまるで楽器のように録音している。それは、聴けば聴くほど、ヴォーカルがサックスの音に近い感触であることがわかる。鼻にかかったような声質がそうさせているのかもしれないし、とても伸びのある渋めの歌声がサックスのトーンに近いからかもしれない。

だからだろうか、フランク・ウェスは多くのトラックでサックスではなくフルートを吹いているのだ。エッタのサックスのようなヴォーカルとフランク・ウェスのフルートのアンサンブルは、ツヤがありつつ乾いていて、とても気持ちがいい。

ヴァン・ゲルダーがエッタのヴォーカルを楽器として録音しているのは、各楽器のサウンドバランスを聴いても納得できる。
通常のヴォーカルアルバムは、ヴォーカルを主役にするためにどうしてもそれ以外の楽器を脇役として設定する。つまり、やや引き気味でサウンドバランスを取ることが多い。ところがルディ・ヴァン・ゲルダーはそういう設定をぜず、ヴォーカルをバンドアンサンブルのひとつとして配置しているような感じなので、楽器間のバランスが通常のジャズ・コンボのサウンドバランスと同じなのだ。
だから、ジャズの音になっているのかもしれない。
それともちろん、ヴァン・ゲルダーらしい音質がジャズらしさを生んでいるということもある。ザラッとしたドラム、ゴツゴツしたベース、ころころと輪郭の明瞭なピアノ。なんとも言えないジャズの心地よい空間が絶妙に表現された音、ヴァン・ゲルダー・サウンドの典型とも言える空間をこのアルバムで生き生きと感じる。

では、なぜヴァン・ゲルダーはエッタのヴォーカルをこのようなトーンでレコーディングしたのだろう。私が思うに、それはエッタのヴォーカルがビリーやエラフィッツのように情感豊かで表現力あふれるヴォーカルではなく、どちらかというと一本調子なヴォーカルだったからではないだろうか。
メロウでハスキー、伸びも良く気持ちの良い、ブルージーでディープなヴォーカルだと思うが、歌の表現力という面では、さすがにビリー、エラ、サラといったヴォーカリストには遠く及ばない。しかしそれがかえって、全体の楽器サウンドをバランス良く引き立てているとも言える。
ヴォーカルの個性が強すぎないことに注目したヴァン・ゲルダーは、エッタのヴォーカルを楽器のひとつと見立てて録音した、という仮説。
まあ、そんな邪推はどうでもよく、ともかくこのアルバムはジャズアルバムとして聴ける気持ちのいい1枚であることは間違いない。

1928年米国サウスキャロライナ生まれ。2001年に亡くなっている。10代でバディ・ジョンソンのバンドで活動し、ブルースを多く歌っていたようだ。1944年、16歳の時のファーストレコーディングもブルースだったと記録が残っている。1950年前後には、アール・ハインズのバンドに参加している。
そして、1960年にファーストアルバムとなるこの『Don't Go To Strangers』を録音する。タイトル曲はそこそこヒットしたようで、ビルボードのポップチャートで36位、R&Bチャートで5位まで行ったそうだ。2012年現在のR&Bチャートで5位を考えると、どれくらいのメガヒットだったのか想像できる。そんなこともあってか、このアルバムは1960年のグラミー賞ノミネート作品ともなった。

収録曲はどれも見事な出来栄えで、とりわけ私は『Fine and Mellow』に惹かれる。ビリーのオリジナルバージョンよりも好きかもしれない。
エッタのラストアルバムはビリーのカバーアルバムで、そこでも『Fine and Mellow』は再度レコーディングされている。ヴォーカルのテイストはそのままで、少し深みが増した味わいが、『Don't Go To Strangers』収録バージョンとはまた違って、こちらも魅力的だ。

日本では、よく似た名前のエッタ・ジェームズのほうが有名かもしれないが、このエッタ・ジョーンズも是非聴いていただきたいと思う。

歴史的名盤でもないし、日本でも知名度の低いシンガーだが、甘すぎず、辛すぎず、個性も強すぎず、オシャレ過ぎず、すべてが程よい適温なヴォーカル。そしてジャズらしいサウンド。
もちろん、共演しているメンバーの演奏も素晴らしい。弾むところは跳躍し、しっとり奏でるムードはベトつかず、スウィングも、ブルースも、バラードも、どれもツボを押さえつつ、しかし凡庸ではない。ちゃんとメンバーそれぞれの持ち味を主張している。しかし調和も取れている。この良質感は決して録音の良さだけではない。

『Don't Go To Strangers』、お勧めである。



Don't Go To Strangers
Etta Jones

1. Yes Sir, That's My Baby
2. Don't Go To Strangers
3. I Love Paris
4. Fine And Mellow
5. Where Or When
6. If I Had You
7. On The Street Where You Live
8. Something To Remember You By
9. Bye Bye Blackbird
10. All The Way

Etta Jones (vo)
Frank Wess (ts, fl)
Richard Wyands (p)
Skeeter Best (g)
George Duvivier (b)
Roy Haynes (d)

Recording
Rudy Van Gelder Studio
NJ, June 21, 1960
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