大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦
ワールド・サキソフォン・カルテット
撰者:松井三思呂
【Amazon のCD情報】
今年もあっという間に12月、師走ですね。年齢とともに1年の経過が加速していきます。この歳になると、大過なく過ごせたことに感謝、お酒が飲めることに感謝で、忘年会という口実もあって相も変わらず飲んでおります。放浪派の皆様もこの1年を振り返って、美味しいお酒を飲んでおられますか?
さて今回は、私にしてはかなり新しめ(と言っても88年録音ですが)の作品を採り上げることにします。ワールド・サキソフォン・カルテットの「リズム・アンド・ブルース」。
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ワールド・サキソフォン・カルテット(WSQ)は、いわゆるロフト・ジャズの俊英サックスプレイヤーたちにより77年に結成されたグループで、本作は通算9枚目のアルバム。メンバーはジュリアス・ヘンフィル、オリヴァー・レイク、デヴィッド・マレイ、ハミエット・ブルーイットというそうそうたる顔ぶれ。なお、本作発表後にジュリアス・ヘンフィルがグループを脱退するため、本作はオリジナルメンバーによる最後のアルバムでもある。
ところで、ロフト・ジャズは70年代初頭から始まったニューヨークにおけるモダン・アート・ムーブメントのひとつである。ミュージシャンが自主運営するロフトを拠点として演奏されたもので、アヴァンギャルドでコマーシャリズムを排する点が特徴的。ただ、演奏のスタイルは「ポスト・フリー」という面では一致しているが、アート・アンサンブル・オブ・シカゴやアンソニー・ブラクストンを産んだシカゴAACMほどの一貫性はない。オーネット・コールマンの自宅である「アーティスト・ハウス」や、サム・リヴァースの「スタジオ・リヴビー」は著名なロフト。このように文章で書いても、いまいちロフト・ジャズの空気感は伝わりにくいので、興味のある方は次に紹介するアルバムを聴いていただきたい。
「Wildflowers : Loft Jazz New York 1976」(Douglas Records)
この作品は76年の5月に前述の「スタジオ・リヴビー」で行われたセッションのライブ録音で、アナログでは5枚のLPに分けて出されていたが、CDでは3枚組にまとめられている。合計22曲が収録されているオムニバスアルバムで、WSQの4人はもちろんであるが、ロフトの主サム・リヴァースをはじめとして、マリオン・ブラウンや、シカゴAACMからヘンリー・スレッギル、アンソニー・ブラクストン、アート・アンサンブル・オブ・シカゴのメンバーも参加している。各セッションの演奏スタイルは千差万別であるが、ロフト・ジャズの文脈で語られるミュージシャンはほとんど顔を出しており、76年のニューヨークのロフト・ジャズシーンを切り取った貴重なドキュメントである。
さて、話をロフト・ジャズからWSQに戻す。今回紹介しているWSQの「リズム・アンド・ブルース」を手に入れた当時、私はジャズから距離を置いて、ジャズをほとんど聴いていなかった。ただ、ブラックミュージックからは離れておらず、シカゴブルース、サザンソウル、モータウン、ニューオーリンズR&B、ボブ・マーリーなどに夢中であった。
では、なぜジャズを聴かなくなっていたかと言うと、格調高く書くなら、「当時のジャズに大衆音楽性や芸能性を見出せなくなっていた」ということである。偶然にも、当時の私の気分を平田さんが第40回コラム「Deep Blues Collection」のなかで、ブルースを題材に書いてくれている。引用させていただくと、「マイルスの『Kind of Blue』以降、ジャズのブルースは抽象性すら無くなっていき、もはやブルースに聞こえないくらいの芸術的にも高度な音楽が増えた。つまり、どんどん大衆性が失われていったのである。」
このジャズ嫌悪症候群が高じて、ジャズのアルバムを購入することが全く無くなり、多くのアナログレコードを中古盤屋に処分(結局今となっては、それをまた買い戻している!というトホホな状態)していた時に、ある中古盤屋でそのタイトル名と収録曲に惹かれて、ふと購入したアルバムが「リズム・アンド・ブルース」である。
その惹かれた収録曲は、
1. For the Love of Money
フィラデルフィア・ソウルの雄、オージェイズの73年のアルバム「Ship Away」に収録。フィリーソウルを代表するソングライティング・チームであるケニー・ギャンブル〜レオン・ハフの作品。
2. Let's Get It On
マーヴィン・ゲイの大ヒット曲。73年の同名アルバムのタイトルチューンで、エド・タウンゼントの作品。シングルはビルボードのポップ、ソウル両部門で1位、アルバムもソウル部門1位、ポップ部門2位。
3. I Heard That
カバーではなく、ハミエット・ブルーイットのオリジナル。
4. Loopology
この曲もカバーではなく、ジュリアス・ヘンフィルのオリジナル。
5. (Sittin'on) The Dock of the Bay
オーティス・レディング最大のヒット曲。オーティスが亡くなる飛行機事故の3日前に録音された運命的な曲で、オーティスとスティーブ・クロッパーの共作。ビルボード全米シングル・チャートで1位を獲得。
6. Messin'with the Kid
シカゴブルースの若頭、ジュニア・ウェルズで有名な曲。60年のチーフ録音がオリジナルで、作曲はメル・ロンドン。ブルース・ブラザースやロリー・ギャラガーによるカバーも有名である。
7. Try a Little Tenderness
またまた、オーティス・レディングの名曲。「Dictionary of Soul」のスタジオ録音が初出で、ライブ録音では「Live in Europe」。ジミー・キャンベル、ハリー・ウッズ、レグ・コネリーの共作。
8. Nemesis
ハミエット・ブルーイットのオリジナル。
9. Night Train
コテコテ系のホンカー、ジミー・フォレストのヒット曲と思っていたら、第17回の大橋さんのコラムを再読してビックリ。オリジナルは1940年のジョニー・ホッジズらしい。何と言っても、オスカー・ピータソンのバージョンが有名。
このアルバムを手に入れる前にも、もちろんWSQのことは知っていた。メンバー個々のリーダー作も聴いたことがあったし、ハミエット・ブルーイットに至ってはペトちゃんのライブ(中身は第14回のコラム参照)の次の日に、ニューヨークのスイートベイジルで生を聴いていた(ジョン・ヒックス・トリオがリズム隊のカルテット編成!)。
ただ正直言って編成は面白いが、この4人であれば、頭でっかちで勝手気ままなフリー・インプロヴィゼーションがダラダラ続くイメージを持っていた。実際、初期のBlack Saint時代のアルバムには、たれ流し的にフリー・インプロヴィゼーションが続いて、聴いていてダレてしまう曲もないことはない。その後、Elektraに移籍し、本作の前に「Plays Duke Ellington」、「Dances and Ballads」をリリースするが、このあたりからポピュラリティやエンターテインメント性を加え、少しずつ変わってきたようである。
ここでは、各メンバーのキャリアには触れないが、グループ結成のきっかけはマレイを除く3人がセントルイスのBAG(ブラック・アーティスツ・グループ:シカゴのAACMに触発されて、68年に結成された芸術家集団)の出身者であったところ、ロフトでの演奏などで彼らと交流のあったマレイがサックスのカルテット演奏のアイデアを持ち込み、残りの3人に結成を促したらしい。なお、「リズム・アンド・ブルース」録音時は、グループ結成から約10年の時間が経過しており、ジュリアス・ヘンフィル50歳、オリヴァー・レイク46歳、ハミエット・ブルーイット48歳、デヴィッド・マレイ33歳と、マレイを除けばミュージシャンとしてそろそろ円熟期というところ。
サックスの四重奏は、クラシックの世界においてはサックスという楽器が発明された18世紀中頃から、室内楽の一形態として演奏されていたらしい。一方、ジャズではどうかということで調べてみると、WSQ以外にも相当数のグループが存在している。ただ、そのなかで名前をどこかで聞いたことがあるのは、ロヴァ・サキソフォン・カルテット(メンバーが白人でサンフランシスコがベースと、WSQとは対照的)、ノヴァ・サキソフォン・カルテット(こちらも白人4人組)ぐらいである。
という訳で、ブルースやゴスペルなどブラックミュージックのルーツに立脚していること、メンバーの演奏能力がずば抜けていることなどを考えれば、ジャズ・サックスの四重奏グループは数多く存在すると言っても、WSQはワン・アンド・オンリーな存在であり、彼らが「ワールド」と名乗ったこともうなずける。
先に結論を言ってしまうが、当然ながら「リズム・アンド・ブルース」は大傑作である。最近、「さりげなく」の冨山マスターから含蓄のある話を伺った。日本の若手サックスプレイヤーの話になり、「最近の若手はみんな英語で唄ってるよね。昔の大御所は日本語だから、どこかで訛ってるでしょ。ナベサダなんかバークリー行ってるけど、出身は宇都宮だから栃木弁で唄ってるよね。」
この「唄う」という感覚は、サックスという楽器を演奏しなければ実感しがたいものだと思うが、サックスが吹けない私でも、「リズム・アンド・ブルース」を聴くと、4人のサックスが「唄って」いるのが判る。
6つのカバー曲を聴いてみて欲しい。少し語弊があるかもしれないが、マーヴィン・ゲイやオーティス・レディングをはじめとして、「手あかのついた」楽曲を何のてらいもなく、痛快に吹ききっている。言いかえれば、あっけらかんと自分達の流儀で楽しく、そして何よりかっこ良く演奏している。加えて、どんなにポピュラー、言いかえれば大衆音楽的で芸能的であるものも、良いものは良いとする潔さにも頭が下がる。
私の青臭い「大衆音楽性や芸能性」に対する明確な回答であった。「そういうことにこだわるなら、こんなことやってみましょうか」と言われているような気がした。また、カバー曲の間で演奏されているメンバーのオリジナルも浮き上がった感じはない。
このアルバムを最後に健康問題から、ジュリアス・ヘンフィルはグループを去るが、その後もアーサー・ブライス、ジェームス・スポルディング、ジョン・パーセルなどのソロイストや、リズム隊なども加えながら、現在もWSQは活動を続けている。今年も「Yes We Can」をリリースし、オリジナルメンバーであるデヴィッド・マレイ、ハミエット・ブルーイットは健在である。
WSQが最高にイカしていた時期の「リズム・アンド・ブルース」は、私をジャズの持つ引力圏に引きずり戻してくれたアルバムである。一人でも多くの人に聴いてもらいたい作品でもある。
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