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第31回
In The World
Clifford Jordan

後編



イン・ザ・ワールド
クリフォード・ジョーダン
撰者:吉田輝之


In The World
Clifford Jordan
【Amazon のディスク情報】

このレコードはジョーダンが自主制作に近い形で1969年に吹き込むがレコード化ならず、その後ストラタ・イーストで1972年にレコード化されたいわくつきのものであり、ミンガス時代の盟友エリック・ドルフィーに捧げられたものだ。決して「KIND OF BLUE」や「LOVE SUPREME」のような歴史的名盤ではない。しかし、奇跡の作品といいたい。



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こんにちは。吉田輝之です。前回台風が来ず、「もう台風は来ないもんね」と甘くみていたら、来ましたね、それも超大型の12号が。9月3日の土曜日にさるバーで納涼会を開くこと企画し、台風で被災された方々には大変失礼なのですが、台風にもかかわらず決行しました。ドシャ降りの雨にもかかわらず大酒を飲んでしまいました。アホですね。しかし台風のなか来ていただいた方、さらにバーを開けてくれたマスターに感謝しています。

さて、今週も“とりあえず”の「IN THE WORLD/CLIFFORD JORDAN」(副題「クリフォード・ジョーダンの伝説を追え!」)の後半です。



クリフォード・ジョーダンに何やら「IN THE WORLD」という名盤があるらしいいとわかり、当時住んでいた高松、実家のある関西、出張で行く東京とめぼしいレコード店を探したが、さすが「幻の名盤」といわれるだけに見つからない。どうもCDも出ていないようだ。

当時1990年代後半だが、面白いことにジャズ専門のレコード店でもこのレコードに対する認知度が地域で違うのだ。「クリフォード・ジョーダンのイン・ザ・ワールドはありますか」と店主に聞くと、関西では、店主は怪訝そうな顔をして「・・・ありません(そんなレコードあったんかい?)」と答えるのに対して、東京では、店主は怒った顔をして「ありません(あるわけないだろう。このバカが!)」と答えるのだ。答えは同じでも態度が全然違う。

このレコード「ジャズ喫茶の名盤」といわれている。「ジャズ喫茶の名盤」というのはジャズ雑誌(早い話「スイング・ジャーナル」だ)では高評価ではないが、ジャズ喫茶の店主が気に入り、かけ続けることで口コミで広がっていくレコードのことだ。例えば、ソニー・クリスの「SATURDAY MORNING」、ルイ・スミスの「JUST FRIENDS」、ケニュー・ドリューの「DARK BEAUTY」など。
僕は70年代の後半、ジャズ喫茶に行く度にクリフォード・ジョーダンをリクエストしていたが、このレコードは聴いた記憶がない。リクエストノートで見た記憶もないのだ(当時僕はリクエストしたり、印象に残ったレコードはメモしていた)。
このレコードに対する認知度は西と東でかなり違ったのではないだろか。

そうこうしている内に、当時の音楽仲間の中原さんが、このレコードを高松のレコード市で日本盤を手に入れたという。日本盤の題名は「クリフォード・ジョーダンの世界」(トリオレコード)。値段は4,000円という微妙な値付けである。当時既に完全にCD時代であり、アナログの日本盤は状態の良いものでも1,000円程だったからかなり「いい値段」だが、高すぎるという訳でもない。
中原さんは僕より3歳上の会社の同僚で音楽好きとは全く知らなかったが、レコード市で偶然というか必然というか会って、それから毎週土曜日は高松のレコード店「ROOTS RECORD」で待ち合わせてはガストで延々と音楽の話をするという仲となった。中原さんのテリトリーはジャズ、ロック、ソウル、シンガーソングライターと広く、ソウルは僕のほうがほんの少し詳しく、ジャズは僕よりはるかに詳しかったので、喧嘩をすることなく、うまく話しがかみ合ったと思う。

中原さんは僕などよりはるかに筋金入りの「レコードコレクター」だったが、その中原さんも「IN THE WORLD」は持っておらず探していたという。しかし、レコード市で遂に見つけて買ったというので、早速中原さんの自宅で聴かせてもらうこととなった。

以下その時の会話である。

○1曲目
(5分間程沈黙)
吉田 「中原さん、この演奏なにかクラいですね。」
中原さん「確かにクラいよな。吉田くん」

(ライナーノーツやジャケットを見ながら、5分間程沈黙)
吉田 「中原さん、このトラペットはドン・チェリーなんですね。ピアノはウイントン・ケリーですか。なにか変なメンバーですね。」
中原さん「B面のペットはケニー・ドーハムよ。吉田くん。」
吉田 「あの“静かな”人ですね。」
(あと沈黙のまま終了)

○2曲目
(3分間程沈黙)
吉田 「中原さん、さっきから気になっていたんですが、クリフォード・ジョーダンの演奏なにかヨタっていませんか。」
中原さん「いや、ヨタってはいないが、撚(よ)っている感じはあるな。吉田くん」
(あと沈黙のまま終了)

○3曲目
(1分間程沈黙)
吉田 「中原さん、確かにヨタってはいないですね。」
中原さん「そうだな、吉田くん。」
(あと沈黙のまま終了)

○4曲目
(すっと沈黙のまま終了)

吉田 「・・・中原さん、このレコードもしかしたら凄いレコードかもしれませんね。」
中原さん「(少しほっとした顔をして)いや、俺もそう思うよ、吉田くん」

実は、このレコードを聴き終えて最初は「中原さん。本当にこのレコードは凄いレコードなんですかね」と言おうとしたのが、口に出たのはまるで反対のことだった。このレコードある意味非常に評価の難しいレコードだ。中原さんも迷っていたと思う。 この中原さん、実は音楽に関してすごく饒舌なひとなのだが、演奏を聴いている間は実に寡黙だった。しかし、この後、共演者のレコードに話が移るや、ジャズファン特有の「横滑り現象(注)」を起こし、中原さんのしゃべりまくること4時間に及んだ。 (注:レコードAの話をしていたら、その共演者のBというレコードの話になり、さらにその別の共演者のCというレコードの話へと際限なくは話が横に滑っていき、遂には最初どのレコードについて話をしていたか、全くわからなくなる現象をいう)

このレコードのクリフォード・ジョーダンの演奏が「凄い」のかと聞かれれば、前回に書いた僕のイメージする「凄さ」はない。しかしこのレコードに表現しがたい強烈な印象を受けた僕は、再び、クリフォード・ジョーダンの第一の伝説を追うこととなる。

まず、マックス・ローチとの来日公演の評がないかを調べ出した。前回マックス・ローチが来たのが1964年と突き止め、主たる関西のジャズ喫茶と図書館にスイング・ジャーナルの1964年のバックナンバーがないかを電話で片っ端から聞いたが、さすがに60年代のバックナンバーはないとのことだった。

次に彼のレコード・CDを探して改めて聞き出した。昔と違い、彼のハード・バッパー時代の中古レコード(日本盤)やCDがポツポツと見つかる。
ブルーノートに吹き込んだ、「 Blowing in from Chicago(1957年)」、「 Cliff Jordan(1957年)」「Cliff Craft (1957年) 」など聴きなおしてみると実にいい。昔聴いていた頃より彼の良さがわかる。彼の演奏スタイルはロリンズに近いが、影響を受けたというより「同じ根っこ」をもった同世代(ともに1930年生まれ)と言った方がいいだろう。

ついでに、少し彼のプロフィールに触れたい。
1960年のシカゴ生まれ。上記の「Blowing in from Chicago」でのジョン・ギルモアは高校の同級生、ジョニー・グリフィンは同じ高校の3年先輩という。10代の頃からシカゴのジャズシーンで揉まれ、特にソニー・スティットにはしごかれたらしい。27歳の時に前述したブルーノートで初リーダー作を吹き込んでいるが、当時ではロリンズ、コルトレーン、グリフィンを追う第一線のテナー奏者と言ってよい。しかし、その後、おそらく性格的なものもあるのだろう、リーダーというよりサイドメンとしての活動が続く。しかし、その親分がマックス・ローチ、チャールズ・ミンガス、ランディ・ウエストンと強力な個性の持ち主ばかりである。(この時代のことは改めて書きたい)

さてみなさん、ここで、もともと「前回のマックス・ローチの公演でクリフォード・ジョーダン演奏がすごかった」と聞いたことが端緒なのに、「こいつは何故マックス・ローチのサイドメンとしてのレコードを聴かないのか」という疑問を持たれた方もおられるのではないだろうか。僕も彼のリーダーアルバムよりもローチとの共演のレコードの方がはるかにジャズ喫茶に揃っていることは知っていた。

この理由を話すのは少し恥しい。実はクリフォード・ジョーダンがローチのバンドにいた時期は、ちょうど、あの「アビー・リンカーン」がローチと公私ともどもパートナーだった時とかぶるのだ。
昔、中学生でジャズを聴きだした頃、僕はラジオでローチの「WE INSIST」でのアビー・リンカーンの「叫び」を聴いてしまう。それ以来、アビー・リンカーンこそティナ・ターナー、アレサ・フランクリンと並ぶロウティーンの僕に根源的な女性に対する恐怖心(トラウマ)を植え付けた「三大女性シンガー」となるのだ。
もしローチの当時のアルバムを聞いて「突然アビー・リンカーンの叫び声が聞こえたらどうしよう」と怖かったのだ。(ちなみに「WE INSIST」ではクリフォード・ジョーダンは演奏していない)
しかし、90年代の後半、私も40前の大人だ。男というものは「女性の怖さに黙って耐えていかなければならない」ということはさすがにわかっていた。ここはマックス・ローチとの共演盤を聴かなくてはいけない!
それでもアビー・リンカーンが怖いので、最初に買って聞いたのはアビー・リンカ−ン「Speak, Brother, Speak!(1963年)」 だ。このレコード片面1曲と大作ながらジョーダンの演奏はリラックスしたなかに緊張感のあるものでファンキーともいえる。しかし、これもイメージする「凄い演奏」とは少し違う。

しかし、遂に「It's Time(1961年)」に出会うのだ。こいのレコード、世紀の「名盤」にして「迷盤」である。何故か。
このレコードにはアビー・リンカーンを含む16名の合唱がつく。このコーラス隊が一曲目の表題曲でテーマを歌う。「タッターラ、タッターラ、タンタンタン、トントントン」と。これがなんと言おうか、30〜40年代の東宝や大映映画での南海の孤島での原住民の合唱とおうか「実にけったいなものなのである」。
(映画「モスラ」に使われてもおかしくない)
前回の松井さんが紹介されていたファラオのレコードでもそうだが、スピリチュアル・ジャズでコーラスが付くのは珍しくなく、そのはしりの作品ともいえるのだが、何せローチもコーラスの扱いが実験の段階だったのだろう。このコーラス隊は黒人ながら、ゴスペル系というよりクラッシック系とも云え、そのためますます「けったい」なものになっているのだ。
しかし、曲自体は抜群にカッコよく(77年の日本公演でも演奏されている)、そしてローチが凄い。「It's Time」というのは、「今が(立ち上がるその)時だ」という意味あいだろうが、おそらく拍子(タイム)の意味もあるのだろう。二拍子、三拍子、四拍子と次々と拍子を変え、それも、おそろしい程のパワーでたたきまくる。やはりジャズ史上最高のドラマーはマックス・ローチなのか。ローチというヒト、力を出し惜しみするところがあるが、この演奏は彼のオフィシャルなものでは最上位に位置付されるものだ。

そして、クリフォード・ジョーダンがついにやってくれるのです。「凄い」演奏を。よく彼の演奏は「くすんだ」つまりSmokeyと言われるが、ここでの演奏は煙どころか大炎上している。本当にこれはクリフォード・ジョーダンの演奏なのか。僕はこのレコードを聴く度にレコードジャケットを確かめる。偽名で他のテナーが演奏しているのではないか、「JHON WOO」とか「SONNY LEE」とか「BOOKER CHON」とかいう名前で。しかしどこにもそのようなクレジットはない。紛れもなくクリフォ−ド・ジョーダンが吹いているのだ。MR.Xさん。あなたは正しかった。二十年間疑ってきて申し訳なかった。
しかし、このレコード自体は、そのケッタイさ故か、特に日本でいまいち評価が固まらず、僕が高松のルーツレコードで買ったのは、インパルスオリジナル盤だが、値段はたった2千円であるのがその人気をあらわしている気がする。

さて話を「IN THE WORLD」に戻そう。このレコードはなかなか手に入らなかったのだが、2006年P-VINEが遂に世界初のCD化に成功する。権利をジョーダンの奥さんが持っていたらしく直接奥さんと交渉して了解を得たという。
しかし、このレコード、ジョーダンが自主制作に近い形で1969年に吹き込むがレコード化ならず、その後ストラタ・イーストで1972年にレコード化されたいわくつきのものであり、ミンガス時代の盟友エリック・ドルフィーに捧げられたものだ。
僕は中原さんとの会話で『暗い』といったのは、一曲目の『ヴィエナ』だが、聴き直してみると、むしろ「哀感」にみちたエレジーと言える。よくここでのドン・チェリーの演奏はフリーキッシュで全体の調子を乱していると言われるが、実際はそうは感じられない。ごく自然に哀しみ感情が爆発していく故の演奏だ。

ヴィエナといのはウイーンのことだが、何故ウイーンがテーマなのはわからない。ジョーダンはミンガスやドルフィーとともに欧州ツアーをしているし、ベルリンにも住んだことがあるからその時の思い出かもしれない。他の3曲も、曲名のいわれの見当がつかない。しかし「エレジー(哀歌)」という印象は共通している。中原さんが、ジョーダンの音が「撚れている」と言ったのは、哀しみで音がうち震えているからだ。その哀しみは、ドン・チェリー、ウイントン・ケリーやジュリアン・プリースター、ケニー・ドーハム、アルバート・ヒース、ウイルバー・ウエアー、リチャード・デイヴィス等全ての演奏が染まっている。
このレコードは決して「KIND OF BLUE」や「LOVE SUPREME」のような歴史的名盤ではない。おそらく聴く人で意見が大きく分かれるだろう。
しかし、奇跡の作品といいたい。

実は、今回、クリフォード・ジョーダンの演奏をいろいろ聴き直して、確かに「It's Time」の演奏は凄いが、他の演奏が「本当のジョーダンの凄さを表していない」とは言えないと思えてきた。ストレートアヘッドな初期の作品も「イン・ザ・ワールド」の演奏もハードバップに回帰したとも言える後期のアート・ファーマーやシダ・ウオルトンとの演奏も全て誠心誠意に演奏した「クリフォード・ジョーダンの世界」なのだと。

彼は、1993年に62歳で亡くなるが、晩年(と言うには若いが)ビッグバンドを結成して一枚レコードを残している(「Down Through the Years: Live at Condon's New York」1991年)。このレコード、僕は未聴である。今回彼のことを調べるため、ジャズ批評のバックナンバーを読んでいたら岩浪洋三さんの記事が目についた。岩浪さんは、クリフォード・ジョーダンビッグバンドの演奏を生で聴き感激し「その凄さはとてもレコードではあらわされていない」と書いている。

あぁ、また、クリフォード・ジョーダンの伝説が増えてしまった。
【伝説その3】クリフォード・ジョーダンのビッグバンドは凄かったらしい!!!





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