BANSHODO_Logo
gray line

Kind of Jazz Night

さんふらわあ JAZZ NIGHT 初代プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。


撰者
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦

gray line
第29回

フィーリング・イズ・ビリービング &キャンパス・コンサート
エロール・ガーナー
撰者:大橋 郁


【Amazon のCD情報】

今回紹介するのは、ピアニスト、エロール・ガーナーのアルバムで「フィーリング・イズ・ビリービング/キャンパス・コンサート」。2枚のアルバムが1枚のCDにカップリングされているお買い得CDだ。

まずはこのアルバムに収録されている、ある曲の紹介から始めたいと思う。
それは「For Once in My Life」。1968年にデトロイトのソウルレーベル「モータウン」から当時18歳のスティーヴィー・ワンダーが大ヒットさせたことで知られる曲である。

もともとは、1967年に「モータウン」レコードのライターであるロン・ミラー、オーランド・マーデンの作詞作曲した曲だが、シカゴのチェス・レコードのJean DuShon という黒人女性歌手に提供したところ、全くヒットしなかった。そこで、モータウンの総帥ベリー・ゴーディーは自社のテンプテーションズにレコーディングさせる。
同じ年に、トニー・ベネットもカバーし、コロンビアから発表する。これ以降トニー・ベネットは好んでこの曲をレパ−トリーに加えた。ジュディ・ガーランドやフランク・シナトラによってもとりあげられ、有名曲になっていったようだ。

「人生で一度だけ、私を必要とする人に出会った/私もずっと探し求めてた/私は、これから強くなれそうな気がする /もう私はひとりじゃないから」というような喜びを唄っている。(恋人のことを唄っているような歌詞は、実は自分の子供が生まれた時に作られた歌らしいが、いったん作者の手を離れた歌の解釈の仕方はいろんな捉え方があっていいと思う。)

この曲はもともとスローバラードであり、トニー・ベネットもバラード風に歌っているが、前述したスティーヴィー・ワンダーのバージョンでは、歓びが弾けるような軽快なアレンジに変えて大ヒットし、以降、こちらのバージョンが主流になっていったようだ。
私の知っている限りでは、サミー・デイヴィス・ジュニアも、ステージでこの曲をよく歌っていたように思うが、彼のカバーもスティーヴィー風のアップテンポなバージョンだ。

最近出たトニー・ベネットの80歳の誕生日を祝うアルバム『DUETS: An American Classic』で、「For Once In My Life」を、トニー・ベネットとスティーヴィー・ワンダーがデュエットしている。こちらの方は、ソウルバラードのバージョンであるが、その中でのスティーヴィー・ワンダーのハーモニカは冴えまくっている。

さて、1970年にエロール・ガーナーが発表したアルバム「フィーリング・イズ・ビリービング」で、エロールは、冒頭にこの曲をカバーしている。それも、スティーヴィー・ワンダーのアップテンポのバージョンで。

大阪/神戸と大分/別府を瀬戸内海で結ぶ、「フェリーさんふらわあ」の毎週金曜日の船内ライブイベント 「さんらわあJAZZ NIGHT」の常連出演者である、奥本めぐみさんのブログ(2011年06月17日付)によると、大西ユカリと新世界のオルガン奏者で、先日亡くなったマンボ松本さんも好んでこの曲を歌っていたそうだ。
奥本さんは、「自分で書いた歌であろうが 誰かが書いた歌であろうが どっちでもいいんだよなあ。と思わせてくれる歌だったな。 彼の音楽は。 ああええなあ、、っていう。 ただそれだけ。 そういう 『ああ、いいなあ。。。』 ってシンプルな感動がある あったかくて に近い音楽を、やりたいな。」とコメントしている。 

マンボさんは、この曲を心から愛し、マンボさんの歌う「For Once in my Life」は紛れもなくマンボさんの音楽になっていた、ということであろう。残念ながら私はマンボさんがこの曲を歌っている現場に居合わせたことはないが、いつも魂の入ったライブを聞かせてくれる奥本めぐみさんを感動させた歌だから、きっと素晴らしいものだったに違いない。

エロール・ガーナーは、1968年のスティーヴィー・ワンダーのバージョンを聴いて、この曲を録音したくなり、2年後の1970年に録音、発表した。そして、日本でもこれに続いた人達がいる。1973年の菅野邦彦(p)と、1974年の山本剛(p)だ。

二人ともエロール・ガーナーをアイドルとするピアニストで、明らかにスティーヴィー・ワンダーと、エロール・ガーナーによるスタイルを下敷きにしている。
菅野邦彦の演奏では、ガーナーを彷彿とさせる、意外性のあるイントロから穏やかで、これ以上ゆっくりできないくらいのバラードで始まるが、途中で一転してアップテンポとなる。アップテンポとなってからも前半はあくまで抑え気味に。そして後半で一気に盛り上げる構成だ。
山本剛トリオの演奏は、冒頭からアップテンポで6分ほどの演奏時間中を軽快に乗りまくる。エロール・ガーナー本人ではないかと思うようなノリの良さだ。

二人の日本人が「For Once in My Life」を取り上げている理由は、曲の良さ以外ではガーナーへのリスペクトがあると思う。奥本さんが「For Once In My Life」がマンボさんの音楽になっていたというように、また、「『ああ、いいなあ。。。』 ってシンプルな感動があるあったかくて 人に近い音楽」として、お二人の日本人は、憧れのガーナーのレパートリーを取り上げたのではないか? だから、山本剛の演奏も菅野邦彦の演奏も私には素直に「ああ、いいなあ」と思える音楽だ。

エロール・ガーナーのピアノについては、別の回で詳しく触れたいと思っているが、よく言われるのが「ビハインド・ザ・ビート」スタイルである。左手の4ビートのバッキングに対して、少し遅れて「襟首を掴まれているような」シングルトーンで右手のメロディが入る、というものだが、筆者はそれ以外のルーツの一つとして、ファッツ・ウォーラー、ジェームス・P・ジョンソンなどのストライドピアノ風の強烈な左手も忘れられない。

正規の音楽教育を受けていないエロール・ガーナーは、ピアノの椅子にいつも電話帳をひいて一段高く座る。その高い位置から腕の力を借りたかのように力強く振り下ろす左手は、この人のピアノになくてはならないアクセントだ。 そして、この『Feeling is Believing』というアルバムのベースは、ジョージ・デュヴィヴィエ。一曲のみジェリー・ジェモット(キング・カーティスとアレサ・フランクリンのフィルモアイーストライブで高名! 現在はオールマン・ブラザーズ・バンドに参加)もバックニュージシャンとしてエレクトリックベースで参加するという豪華な顔触れ!!  ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズの『Spinning Wheel』などのポップ曲の独自解釈の面でもユニークなアルバムである。ポップ曲以外はオリジナルが5曲おさめられている。

フランスでは「40の指を持つピアニスト」、他の欧州の国では「ピアノのチャップリン」「ピアノのピカソ」とも云われ、このアルバム「Feeling is Believing」は、1970年にthe International Critics Poll of Jazz And Pop Magazineのベストジャズピアノアルバムに選ばれた。
暖かさと、スイング感溢れるアルバムである。


gray line Copyright 2010- Banshodo, Written by Iku Ohashi, Sanshiro Matsui, Teruyuki Yoshida, Noriiko Hirata, All Rights Reserved.