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Kind of Jazz Night

さんふらわあ JAZZ NIGHT 初代プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。


撰者
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦

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第25回

ライヴ・フロム・ザ・ショーボート
フィル・ウッズ
撰者:大橋 郁


【Amazon のCD情報】

今回紹介するのは、フィル・ウッズのリーダーバンドによる2枚組LP「ライブ・フロム・ショウボート」。私の大愛聴盤だ。

フィル・ウッズは、1931年11月2日マサチューセッツ州スプリングフィールド生まれで、チャーリー・パーカーを目指した白人アルト奏者。
1968年4月、36歳の時にペンシルベニア州ニューホープの住みなれた家を後に家族共々渡仏する。パリでのフィルを支えた「JAZZ」誌の編集長ジャン・ルイ・ジニブレ氏と夫人のシモーネの薦めで、ヨーロッパ人のリズムセクションによるヨーロピアン・リズム・マシーン(The European Rhythm Machine)を結成して成功を収めた。
その後、1972年に帰国したウッズは、電化を試行錯誤するが思ったような成果をあげられず、結局現在につながるクインテットを結成する。

このアルバムはそのクインテットにパーカッションのゲストを迎え、1976年メリーランド州シルバースプリングのクラブ“ショーボート”で録音した2枚組LP。ウッズ45歳の時の作品だ。 発売直後から大評判になり、1977年の第20回グラミー賞で最優秀ジャズ・グループを受賞した楽しさ溢れる大傑作。ちなみにその年のレコード・オブ・ザ・イヤーはイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」だったという。また、タイム誌の選ぶ1977年のレコードベスト10にも選ばれている。

メンバーは、
Phil Woods(as、ss)
Mike Melillo(pf)
Harry Leahey(g)
Steve Gilmore(b)
Bill Goodwin(dr)
Alyrio Lima(perc.)

ピアノ・トリオを核に、アルト・サックスとギター、それにパーカッションという6人編成。
このバンドをバックに、ウッズのサックスは見事というほかないくらい、縦横無尽に鳴りまくる。
迷いがなく、何かが吹っ切れたソロとでも云うべきか、メロディアスな天衣無縫のアドリブが大爆発している。とにかくフィル・ウッズという人の音楽性の高さや豊かさの前では、小難しい理屈は不要である。

サイドメンの人達は、この後長く続くフィル・ウッズのクインテットの基礎となるメンバーで、ウッズの熱演をしっかり好サポートしている。ギターのハリー・リーヘイ、ベースのスティーブ・ギルモア、ピアノのマイク・メリロらは、いずれもニュージャージー州、ニューヨーク州などの東部出身で洗練されたセンスを持っており、この時期のウッズを支えるにはピッタリだ。もちろん、ドラムのビル・グッドウィンやパーカッションのアリリオ・リマなども相性は抜群で、しっかりと脇を固め、尚且つスリリングな仕上がりになっている。
特に、ギターのリーヘイ、パーカッションのアリリオ・リマの参加が、音色をぐっと色鮮やかにしていると思う。

ライブにしては録音がいいのも特徴のひとつで、バスドラムの音ひとつとっても味わい深い演奏内容だ。
また、ギターのハリー・リーヘイはほとんどコードを弾かない。一般に、ピアノやギターという楽器は他の奏者がソロをとっている最中にバッキングをするという仕事があるが、ピアノとギターが同じバンドに共存すると、お互いにしたい放題の勝手なバッキングをした結果、互いに打ち消し合って音が汚くなってしまっている演奏を聴くことがある。 しかし、このバンドでは、ウッズのソロの最中にメリハリをつける為のバッキングはほとんどピアノのマイクメリロが受け持っており、ギターは自分のソロ以外のときは殆ど聞こえてこない。ウッズがソロを吹くときにユニゾンで色を付けるだけだ。

つまり通常はギターのコードプレイがほぼない。1957年に共演したアルトサックスの相棒ジーン・クイルが果たした役割を、ここではギターのハリー・リーヘイが果たしているとも言えると思う。こうしたバンドとしての統一感や出来を優先させる徹底度が、この日のライブの仕上がりを聞く側からからとって、最高のものに仕上がった秘密のひとつであろう。
ピーター・ドラッカー風に言えば、マーケティングされた、顧客目線の演奏。いや、そういうとアーティストとして聴き手に妥協しているようにも聞こえるが、決してそうではない。「和を以て尊し」となし、他のミュージシャンを引き立てているのである。

Record 1-A-1はビル・エバンスのモントルーライブでも有名な「Sleepin' Bee」。
Record 2-B-1の「Cheek to Cheek」はIrving Berlin作曲でフレッド・アステアが1935年の映画「トップハット」で広めた有名曲。ドラムのビル・グッドウィンが崩れそうで崩れないリズムを絶妙にキープし、その中をウッズが危な気なくすいすいと泳いでいくスリリングさはたまらない。ドラムソロではないのに、ドラムの音色がこんなにも豊かなことに驚かされる!

Record 2-C-2の「Brazilian Affair」は21分を超えるタイトル通りラテンリズムの大作で、それぞれ5分程の4曲からなる組曲。アリリオ・リマのパーカッションが実に表情豊かに大活躍。

メドレー1曲目の「Prelude」はウッズ作の軽快なナンバー。メドレー3曲目の「Wedding Dance」ではウッズのソプラノサックスが光る。メドレー最後を飾る「Joy」は、高速サンバのリズムに乗せてアルト→ギターのソロが冴えわたる。
Record 2-3の「I'm late」は、ディズニー映画「不思議の国のアリス」の挿入曲。ウッズのソプラノサックスによるアドリブソロが美しい。

Record 1-D-3の「High Clouds」は「Joy」以上の高速サンバ。ウッズのメロディアスで豪快なソロに続いてギターのソロ。そして最後のアルトとギターによる掛け合いは、1957年のジーン・クイルとの共演もしくは、横山やすしと西川きよしのしゃべくり漫才を彷彿とさせる圧倒的展開。

Record 1-D-4の「How's Your Mama」は、別名「Phil's Theme」。現在も彼がステージの最後にいつも演奏する印象的なテーマに続いてフィルがメンバー紹介をする。締めくくりにふさわしいカッコいいナンバー。

全曲、1時間50分にわたる演奏は、ひと時も飽きることなく、一気に聴き通せてしまう内容だ。
また、あまり大きくないと思われるハコでひとりひとりの観客からの惜しみない拍手が丁寧に入っているのもこのアルバムを聞いていてハッピーになれる理由のひとつであろうか。
自分もこの日その場にいたかった。と心から思う。それは叶わぬまでも、このアルバムに出会えたことを本当に幸せに思う。

このコラムの第2回で、松井さんがウッズ祭りさながらに絶賛していたフィル・ウッズ。松井さんが最も好きなレコードのひとつとして挙げていた「Phil Talks with Quill」は、私も大好きなアルバム。

フィル・ウッズ(Phil Woods)とジーン・クイル(Gene Quill)という二人の白人のチャーリー・パーカー・フォロワー。この二人は、アルトサックスの奏法が非常に似通っているだけでなく、恐らく人間的にも気の合う、信頼関係のある間柄だったのだろう。

ふたりの共通点のひとつは、野心のない「当たり前」のソロをとるということでなないだろうか。当たり前の奏法で当たり前に吹く。ハッタリをかまさず、「どや顔ソロ」は決して吹かない。前述の「顧客目線」、「和を以て尊しとなす」がここにも表れていると同時に、自分もバンドの一員として足を引っ張らないように、という謙虚な姿勢で音楽の創造に努める、協調性のある常識人なのだ。

前掲の「Phil Talks with Quill」では、二人のアルト奏者は決して相手を打ち負かしてやろうと思って吹いているのではない。二人のベクトルは互いに相手のライバル奏者に向かってぶつかりあっているのではなく、平行線となってリスナーに向かって伸びている。競い合うのでなく、お互いに敬意を払いつつ、「一緒に協力し合って聞いてくれてる人に楽しんでもらえるレコードをつくりましょうね。」という暗黙の了解があって録音に入った。それが結果とし大傑作になったのだと思う。

ついでと言ってはなんだが、活動の短かったこの二人よる別の共演盤として、1957年3月(ウッズ26歳)録音の「Phil and Quill with Prestige」というアルバムも挙げてきたい。「Phil Talks with Quill」は、1957年9月ニュージャージー州のルディヴァンゲルダースタジオ録音だから、6か月前の録音だ。ピアノとベースのメンバーが異なるが、非常に近似通った雰囲気を持つ内容である。

1931年生まれのフィル・ウッズは、まもなく80歳であるが、2011年の3月末にはこのアルバムのメンバーである、ベースのスティーブ・ギルモア、ドラムのビル・グッドウィンを伴って来日し、東京ブルーノートで2日間の公演を行った。東北大震災直後で多くの公演が延期される中、反対を押し切っての来日だったと聞く。もちろん全盛期はとっくに過ぎた老齢で、椅子にすわりながらの演奏ながら、往年の輝きを思い起こさせる素晴らしい演奏だったらしい。

彼のディスコグラフィーを見ていると、1980年代後半くらいから、作品数が次第に少なくなってきているようにも見えるが、フィルの絶頂期を切り取ったこのアルバムに出会えて重ね重ね幸せに思う。また、フィルの素晴らしい音楽に触れてJAZZを好きになる日本人が一人でも増えてほしいと願う。


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