大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦
アルバート・アイラー
撰者:松井三思呂
【Amazon のCD情報】
今回は「万象堂のアルバート・アイラー」の後期講義として、前回に引き続きアルバート・アイラーのラストレコーディングを取り上げたい。アルバム単位で言えば「Nuits De La Fondation Maeght,Vol.2」(SHANDAR10004)、編集CDでは後半の4曲である。
「Nuits De La Fondation Maeght,Vol.2」のA-1は名曲" Truth is Marching in" なお、このラストレコーディングはニース近郊の美術館における音楽祭のライブであるが、完全な演奏順にアルバムの曲目もレイアウトされており、この曲はライブの5曲目にあたる。この日アイラー先生は心身ともに絶好調と思えるコンディションで、本曲も彼に何かが舞い降りたのではないかとも思える名演である。それはもしかすると「コルトレーンの魂」かも……。
というのもアイラーのディスコグラフィーをチェックしたところ、本曲はコルトレーンの葬儀で“Love Cry〜Truth is Marching in〜Our Prayer”というメドレーで演奏されたきり、このラストレコーディングまでの間、音源として残されているものでは全く演奏されていない。藤岡靖洋氏の「コルトレーン〜ジャズの殉教者」(岩波新書1303)によれば、コルトレーンの葬儀は1967年7月21日、ニューヨークのセント・ピータース・ルセラン教会で執り行われ、アイラーは弟のドナルド・アイラー(tp)、リチャード・デイビス(b)、ミルフォード・グレイブス(ds)とのカルテットで追悼演奏に臨んだところ、悲しみのあまり二度も演奏を中断し、激しく慟哭したとのことである。
この時の演奏は、「Holy Ghost:Rare & Unissued Recordings 1962-70」というCD9枚組の超重量級ボックスセットで聴くことができる。このボックスセットはプライベート録音による未発表音源集で、コルトレーン葬儀の追悼演奏に加えて、セシル・テイラーやファラオ・サンダースとの演奏、軍楽隊時代の演奏など、レアアイテムがテンコ盛り状態、アイラーの中毒患者なら「一家に一箱」のマストアイテムである。ただ、これからアイラーを聴いてみようという読者には、最初からこの箱はお薦めできない。コルトレーン葬儀の演奏だけならYou Tubeにアップされているので、まずはそれをチェックしてみてほしい。かくいう私も、前回と今回とアイラーを取り上げるにあたり、「アイラー病」が進行し、最近ようやくこの箱をゲットした。
アイラーがコルトレーンの葬儀からこのラストレコーディングまでの3年間、" Truth is Marching in"の演奏を完全に封印していたのかどうかは知る由もないが、最後にこの曲の録音を残してくれたことは、我々にとって非常に幸福なことだと思う。アイラーはコルトレーンの葬儀で次の言葉を残している。“Trane was the father. Pharoah was the son. I was the holy ghost"(コルトレーンが父、ファラオ・サンダースはその子、私は精霊) もちろんキリスト教の中心教義である三位一体に3人の関係をあてはめたものであるが、スタイルの違いはあるにしても、この" Truth is Marching in"の演奏は、コルトレーンが「至上の愛」で提示した精神世界と同じ荘厳な空気感に支配されている。名演としか言いようのない演奏である。
A-2“Universal Message”では、前回紹介した4曲目の“Spirits Rejoice”と同じように、アイラーの「唄心」が爆発する。最近巷では「癒しのヒーリングスポット」なるものが、ちょっとしたブームとなっている。まやかしくさい場所に出かけなくとも、アイラーファンならこの曲をかけて、スピーカーの前で正座し、瞑想してみてほしい。心から癒されること保証するので。50オヤジのただでさえ弱くなった涙腺を刺激するに充分な、心を打つ名演。
B面の2曲、“Spiritual Reunion”と“Music is the Healing Force of the Universe”はコンサートのアンコールナンバーである。前者はESP吹き込み前の「Swing Low, Sweet Spiritual」に表れているアイラーのゴスペル感覚がここでも溢れだしており、聴く者の心を揺さぶる。また、アイラーの集大成とも言える演奏に鼓舞され、カール・コブスのピアノも素晴らしい。
本来なら、コンサートのエンディングに演奏された“Music is the Healing Force of the Universe”がアイラーの集大成と言いたいところであるが、彼のガールフレンドであったマリー・マリアのヴォーカルに少々問題があって、私にとっては「癒しの力」になりえない。少し残念であるが、アイラーのサックスは唄っているので、その点はご心配なく。
アルバムの紹介がひととおり終わったところで、話題が少し横道にずれるが……。日本のロックバンドの良心であるソウル・フラワー・ユニオンの中川敬と、日本のストリートミュージックの原点“チンドン”の伝道師である大熊ワタルのユニット、ソウルシャリスト・エスケイプ、その「ロスト・ホームランド」というアルバムに"アイラー・チンドン“という曲が収められている。「ゴースト」、「ベルズ」、「スピリッツ・リジョイス」という代表曲をメドレーでつないでいく構成で、大熊のクラリネットによるテーマに、「東京チンドン」の長谷川宣伝社のチンドン太鼓がからみついていく感じは素晴らしい。また、メンバーには片山広明、関島岳郎などのくせ者も参加しており、アイラーの音楽とチンドンの親和性に驚かされる。また、大熊ワタルは自身のユニットであるシカラムータのアルバム「凸凹デコボコ」のなかでも、”アルバート・アイラー・メドレー“を演っているので、こちらも是非聴いていただきたい。
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30年ほど前、初めてアイラーの音楽に触れた時、私が求めていたものは、やはり中上健次の「破壊せよと、アイラーは言った」が持つイメージ、つまり「暴力的なまでの革新性」であったと思う。ただその後、年齢を重ね、組織社会のなかで一定のポジションを得るにつれ、私とアイラーの音楽との距離が拡がっていった。「老成」という言葉は使いたくないが、「大人」になっていったということかもしれない。言いかえれば、アイラーの音が間違っても○○しながら聴ける音楽ではない(酒場で女性を口説くBGMにはなりえない、ジムのトレーニングやジョギングのお伴としてiPodで聴くこともありえない、……など)ことも一因であるが、アイラーの持つほんの一面でしかない「既存体制への異議申し立て」に対して、どこかで退却していった自分がいたと思う。
それから時が経って、このコラムをきっかけにアイラーの残してくれた演奏、特にラストレコーディングを聴いて、単刀直入に言えばアイラーに対する印象は変わった。「怒り」ではなく「喜び」、「叫び」ではなく「祈り」、そして「争い」ではなく「平和」なのである。前掲の編集CDのジャケットはアナログアルバムVol.2のジャケット裏面の写真が使われているが、アイラーはいい顔をしている。怒っていないし、叫んでいないし、争っていない。
油井正一氏の「ジャズ ベスト・レコード・コレクション」(新潮文庫)のなかで、四方田犬彦氏がこのラストレコーディングを題材に、「すべてをアイラーから始めなければならない」というエッセイを書いている。エッセイの内容についてはいささか異論もあるが、今の世の中、50の坂を越えたオヤジがもう少し生き抜いていくためには、私ももう一度「アイラーから始めなければならない」。
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Nuits De La Fondation Maeght, Vol2
1. In Heart Only
2. Spirits
3. Holy Family
4. Spirits Rejoice
5. Truth is Marching in
6. Universal Message
7. Spiritual Reunion
8. Music is the Healing Force of the Universe
Albert Ayler (ts,ss)
Call Cobbs (p)
Steve Tintweiss (b)
Allen Blairman (ds)
Mary Maria (chant,ss) ※8 only
Recorded in 1970
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