万象堂
著者インタビュー
編集後記
WeBOOK
書物迷宮
ご購入
万象堂ご紹介
お便り


jazz night

さんふらわあ JAZZ NIGHT プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
媚びないジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。

第17回
Night Train
Oscar Peterson



ナイト・トレイン
オスカー・ピーターソン
撰者: 大橋 郁


Night Train
Oscar Peterson
【Amazon のディスク情報】

1. Happy-Go-Lucky Local (AKA 'Night Train')
2. C-Jam Blues
3. Georgia On My Mind
4. Bags' Groove
5. Moten Swing
6. Easy Does It
7. The Honeydripper
8. Things Ain't What They Used To Be
9. I Got It Bad (And That Ain't Good)
10. Band Call
11. Hymn To Freedom
additional track
12. Happy-Go-Lucky Local (AKA 'Night Train') (Alternate Take)
13. Volare
14. My Heart Belongs To Daddy
15. Moten Swing (Rehearsal Take)
16. Now's The Time
17. This Could Be The Start Of Something

Oscar Peterson p
Ray Brown b
Ed Thigpen dr

Recorded in 1962





A Picture Book of Rosa Parks
David A. Adler (著)
Robert Casilla (イラスト)
【Amazon の書籍情報】

米国の本屋ならどこにでも売っているローザ・パークスの絵本伝記。





The Civil Rights Movement:
A Photographic History, 1954-68

Steven Kasher
【Amazon の書籍情報】

公民権運動博物館で入手した、当時の写真集。



Sunflower Jazz Night
フェリーで揺れる、ジャズの夜。
さんふらわあ JAZZ NIGHT 公式サイトへ

Volontaire
東京赤坂でジャズなら
カフェ&バー、ボロンテール

Doodlin
ソウルでファンキーな夜を。
神戸元町のジャズバー、Doodlin'

▲目次へ

今回取り上げるのは、オスカー・ピーターソン(p)が1962年12月にヴァーヴに録音した名盤。
このアルバムはスタンダード曲が多く、また1曲1曲が短く聞きやすい為、ジャズ入門用、あるいはオスカー・ピーターソンを初めて聴く人へのお薦め盤として紹介されることが多い。しかし、このアルバムの中でオスカーが最も聴かせたかったのはアルバムの最後を飾る「自由への讃歌」に違いない。
(CDとなりボーナストラックが追加されて全17曲となったが、以前のLP時代は全12曲でB面最後が「自由への讃歌」だった。)
作曲家としてのオスカーの最高作は「自由への讃歌」(Hymn To Freedom)であろう。この曲はキング牧師に率いられた1960年代の公民権運動を象徴する曲のひとつだった。

ジョージア州アトランタの中心部、キング牧師の生家のあるオーバーン通り周辺は、 キング牧師国立歴史記念地区(http://www.nps.gov/malu/index.htm)となっており、キング牧師夫妻の墓と共に、ビジターセンター(博物館)がある。ここでは、60年代の公民権運動の様子が、写真やモニュメントを使って分かり易く展示されている。キング牧師のみならず、公民権運動に貢献した数多の人々のことが紹介されている。ここを訪れた時、特に私は1955年12月アラバマ州モンゴメリーの市バスで白人への席を譲ることを拒否し、バスボイコット事件の引き金を引いたローザ・パークスに興味を惹かれた。

当時は「人種分離法」(一般には「ジム・クロウ法」と呼ばれた)によって、交通機関、水飲み場、トイレ、レストランなど全てにおいて白人と有色人種は分離されていた。もちろん、結婚や、教育の機会も著しく制限されていた。
この様な状況下、1955年12月1日にアラバマ州モンゴメリーで、黒人女性のローザ・パークスは公営バスの「白人優先座席」に座った。白人の運転手は白人客に席を譲るよう命じたが、疲れていたパークスがこれを拒否したため、彼女は「人種分離法」違反で逮捕され、罰金刑を宣告された。
この事件に抗議して、キング牧師らが1年にわたるバス・ボイコットを呼びかける運動を展開し、各地で黒人の反人種差別運動が盛り上がりを見せた。後に1964年7月公民権法制定により、法の下での人種差別は終わる。「モンゴメリー・バス・ボイコット事件」はこれら一連の公民権運動の端緒となる事件であり、指導者であるキング牧師というカリスマ以上に、最初の一歩を踏み出したローザ・パークスの勇気に、私は強烈に惹かれた。

ニューオリンズのファンクバンドであるネヴィル・ブラザーズの曲「シスター・ローザ」は彼女のことを題材にしている。「Thank you Miss Rosa. You were the Spark. You started our freedom movement. Thank you Sister Rosa Parks.」という歌詞は、末っ子のシリルが幼少の頃、母が呟いた言葉を覚えていて唄にしているらしい。

別の機会に、テネシー州メンフィスの黒人街に公民権運動博物館(http://www.civilrightsmuseum.org/)を訪れたことがある。これは、マーティン・ルサー・キング牧師が暗殺されたロレインモーテルという安宿に隣接して建てられている。キング牧師が暗殺された部屋をはじめ、過去の公民権運動の軌跡を紹介するパネル、モンゴメリーバスボイコット事件の舞台となった当時のバスを再現したものなどが展示されており、ここを訪れた時には、その余りにも重たい内容に、見終えた時にはグッタリするくらいに見応えがあった。 


キング牧師が宿泊したロレインモーテル。


テネシー州メンフィスの黒人街にある公民権運動博物館。
ロレインモーテルに隣接。
(撮影:大橋郁)

オスカーピーターソンの公式ウェブページによれば、オスカーは1925年にカナダのケベック州モントリオールで5人兄弟の4番目として生まれている。オスカーの両親は西インド諸島とヴァージン諸島からの移民。父のダニエルは商船の甲板手だったが、家政婦の仕事をしていたオリビアと出会って結婚し、カナディアンパシフィック鉄道のポーターとなった。父の方針で、兄弟5人は全員楽器を習わせられた。オスカーは、トランペットを始めるが結核でピアノに転じたとのことである。

どちらかというと、オスカーは作曲家型でなく演奏家型とでもいうのだろうか、その圧倒的なレコーディング数の為に、作曲面で語られることが少ないが、それでも400曲以上を作曲しているらしい。故国カナダへ捧げたカナダ組曲(1960年代前半)、バッハ生誕300周年の組曲(1985)、カルガリー冬季オリンピックの芸術祭での組曲、(1988)などがある。また、日本では余り知られていないが、実は数々の映画音楽に携わっていて、アメリカの黒人奴隷が地下鉄道でカナダで逃亡する物語を扱った『Fields of Endless Day』という映画(1978)のサウンドトラックを作曲している。恐らく日本では公開されていないのはないだろうか?

地下鉄道(Underground Railroad)とは、自由を目指す南部の逃亡奴隷を、自由な北部州やカナダへ逃がす為の地下政治組織のことだ。南北戦争前のアメリカ合衆国において、南部の綿花プランテーションで綿を積む過酷な労働に従事していた黒人奴隷を、危険を犯して極秘裏に北へ逃亡させた。この鉄道によって、北部の自由州あるいはカナダへ運ばれた黒人たちは7万人に上ると推計されるらしい。 しかし、当然逃亡は危険な賭けでもあったわけで、北部へ辿りつけず想い半ばにして命を落としていった無数の黒人がいるに違いない。

ウェブページからもわかるように、この一家は地下鉄道によってカナダへ運ばれた南部奴隷の子孫ではない。しかしオスカーは公民権運動の最中の1962年37歳の時、名曲「自由への讃歌」を作った。
もしかしたら、このアルバムのタイトルであり、冒頭を飾る「ナイト・トレイン」は、黒人にとって自由への手段であった「地下鉄道」を意識したのではないだろうか。
そしてラストの「自由への讃歌」は、地下鉄道で自由を求めながら自由になれなかった無数の仲間や先祖たちへの鎮魂歌なのではないだろうか。「自由への讃歌」のオスカーのソロは、その多くの浮かばれない魂に向かってあたかも語りかけているように聞こえる。このアルバム自体が実は公民権運動をテーマにしたコンセプトアルバムなのかも知れない。

余談ながらこの「ナイト・トレイン」という曲は1952年のジミー・フォレストのバージョンが大ヒットしたが、オリジナルは1940年のジョニー・ホッジスがルーツらしい。後にジェームス・ブラウンやワールドサキソフォンカルテットはじめ多くのミュージシャンにカバーされているが、面白いところでは、映画「バック・トゥ・ザフューチャー」のスクールダンスパーティのシーンでも演奏されていた。

オスカー・ピーターソンは、その圧倒的なテクニックと強力なドライブ感、そして暗さのないハッピーな演奏、というのが一般的な評価だしその通りだと思う。筆者を含む、数多くのファンがオスカーのそうした面を愛してきた。
それは、彼が黒人でありながらも他の多くのジャズメンと違ってカナダ人であり、アメリカ深南部の解放奴隷の子孫とは全く違ったバックグラウンドを持っているからであると思ってきた。
政治意識の強い社会派ジャズメン達とは違い、いわば黒人運動とは無縁のノンポリミュージシャンだと思われがちだ。しかし、どうやら私達日本人ジャズファンにはあまり知られていない面があったのではないか。いや、あの明るくハッピーな演奏を続けることそのものが、オスカーにとっての公民権運動だったに違いない。オスカーのピアノは、沢山の白人や黒人、そしてアジア人からさえも、愛されてきた。人種の壁を軽々と超えていた。
1993年 に68歳で脳梗塞により左手の自由を失い、2007年に82歳で死去するまで、彼は演奏することで公民権運動を続けていたのだと思う。

アメリカ合衆国では、子供の頃から、人種差別をしてはいけない、と教育をされて育つ。それは逆に言えば人種差別が当たり前の国だからだ。一般的な日本人は、単一民族で差別というものから比較的縁遠い。日本から出ない限り、差別を意識しない生活を送ることも多い。その日本人の心さえも揺さぶるオスカーの名曲であり、名演がこのアルバムの価値を決定つけている。

「自由への讃歌」は、2009年1月20日のオバマ第44代アメリカ大統領の就任式で、The San Francisco Boys Chorus と San Francisco Girls Chorusによっても唄われている。多くの仲間たちと一緒にオスカーもあの世から、喜んだことであろう。

最後に、「自由への讃歌」は日本の小曽根真(p)やウェストロードブルースバンド初め、数多くのアーティストにカバーされているが、その中の一つとしてカナダのアーティストによる次の演奏も、魂の入ったテイクだと思うので紹介しておきたい。

Oliver Jones (p) Dione Taylor (vo)による「自由への讃歌」
http://www.cansong.ca/VHOF/Bio/Modern/HymnToFreedom.aspx



先頭へ
サイトポリシー●Produced by Hirata Graphics Ltd. Copyright (C) Banshodo/Hirata Graphics Ltd. All Right Reserved.