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jazz night

さんふらわあ JAZZ NIGHT プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
媚びないジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。

第16回
Candy
Chet baker



キャンディ
チェット・ベイカー
撰者:平田憲彦


Candy
Chet Baker
【Amazon のディスク情報】

1. Love for Sale
2. Nardis
3. Candy
4. Bye, Bye Blackbird
5. Sad Walk
6. Tempus Fugit
7. Red's Blues
bonus track
8. Red Michell reminiscing with Chet Baker
9. My Romance

Chet Baker tp, v
Michel Grailler p
Jean Louis Rassinfosse b

Recorded in Sweden
June 30, 1985



Sunflower Jazz Night
フェリーで揺れる、ジャズの夜。
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Volontaire
東京赤坂でジャズなら
カフェ&バー、ボロンテール

Doodlin
ソウルでファンキーな夜を。
神戸元町のジャズバー、Doodlin'

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闇である。漆黒の闇。ともかく暗い。本当に真っ黒けな世界。それは、ブラックミュージックのブラックではなく、夜の底というような暗さだ。
一曲目の『Love For Sale』はマイルス・デイヴィスの名演など多くの優れた演奏があるが、このチェット・ベイカーの『キャンディ』に収録されたバージョンは、まるで得体の知れない煙が立ちこめた西麻布のクラブでDJが回す音のような、明らかにジャズのビートとは異なるヒップホップとでも言っても良いような怪しげなファンクリズムでベースがグルーヴを生み出し、そこに、これまた怪しげに妖艶なピアノが響き、同時にチェット・ベイカーのトランペットが暗闇から照らされるように姿を現す。あまりにも胸騒ぎがする音空間に息を飲む。
頻繁に繰り返される間。とてつもない緊張感が空気を支配して、隙間だらけのファンクビートに切り込むチェットのトランペットは、あくまでも濡れていて、タイトル通り売春婦のようなエロスが漂う。時に緊張感が増し、時に緩める変幻自在なトランペット。あくまでもストイックにファンクビートを刻むベース。ピアノソロはチェットの猥褻さを助長するかのように闇をあおる。

チェット・ベイカーに抱いていたイメージを完璧に更新してくれる凄まじい演奏。苦く息苦しく、しかし切ないまでに愛に飢えたようなアドリブが延々と繰り広げられる。これ以上にないほど美しい闇のビート。これが1985年のチェット・ベイカーが思う『Love For Sale 』なのだ。

二曲目の『Nardis』は言うまでもなくビル・エヴァンスの名演が忘れられないナンバーだが、リリカルさという意味ではチェットははまり役だ。しかし、ここで奏でられるサウンドは、やはり暗い。元々マイナートーンの曲だが、それでもこれほど暗いサウンドを奏でねばならなかったのか、チェット、と聞きたくなるくらいの暗く美しいサウンドが繰り返される。

とてもじゃないけど女の子と一緒に聞けない。一曲目でロマンティックな雰囲気に緊張感が走り、この二曲目で女の子は帰るタイミングを探し始めるだろう。 ジャズがデートのBGMになると考えているのなら、このチェット・ベイカーの『キャンディ』を聴けば、その考えがいかに危険かを思い知ることになる。

三曲目でようやく十八番のボーカルが登場。素晴らしい編集だと思う。暗い闇の中を歩いてきたリスナーは、ここでようやくひと息付ける、はずだ。そう、普通なら。この『キャンディ』では、チェット・ベイカーはそれも許そうとしない。
ロマンティックという言葉から遠く離れて、ひたすら地面を這いつくばるような気怠いボーカルと、トランペットソロを待つかのようなピアノが響き渡る。ピアノのサウンドが優雅なのは、その後に続くトランペットの暗さを際立たせるための演出なのではないか。

四曲目は、あの有名な『Bye, Bye Blackbird』。静かになった。ようやくチェットのトランペットに穏やかさが戻ってきた。あの切ないメロディを吹かせたら超一級のチェット・ベイカー、本領発揮のサウンド、あまりにも美しい、美しすぎるアドリブが次から次へと流れ出す。一曲目、二曲目で世界を暗黒に変えたサウンドは、四曲目で陽が差し始めたかのようだ。そう、ここで朝を迎えたのだろう。深夜から繰り広げられた饗宴と喧噪は静かに優しい朝を迎えたのだ。 さよなら、ブラックバード。
ベースのビートもオーソドックスなジャズらしいリズムに帰ってきた。ピアノの合いの手も安心できるツボを押さえた心地よいサウンド。チェットのトランペットは、最後まで寛いで、聴くものを穏やかな時へと誘ってくれるのだ。

五曲目の『Sad Walk』で、再びチェットは闇へ舞い戻ろうとする。朝は苦手なのだろうか、やはり売春宿に入り浸る闇夜が落ち着くのだろうか。しかしもう朝になってしまっているよ、チェット。これは迎え酒のようなものだ。朝になったのに、それを知ろうともせず、知りたい風もなく、チェットはあくまでも暗いバラードを吹き続ける。

六曲目の『Tempus Fugit』で、チェットは何かを悟ったかのようにシャープなハード・バップを緩やかに奏でる。しかし、冒頭の暗く沈んだ美しさを知ってしまった我々としては、この普通なバップチューンはもの足らない。まあ確かに素晴らしい演奏であることはその通りだが、気持ちよく胸がすくドライブ感は、このアルバムではどこかよそ行きな感じもするから不思議だ。

七曲目の『Red's Blues』は典型的なジャズのブルース。マイルスの『Walkin'』 のようなジャズ・ブルース。気持ちいい。しかし、これまたあまりにも出来すぎていて、というのも失礼な話だが、どこか食いたらない感じもする。いや、素晴らしい、本当にスゴイ演奏なのだが、冒頭の二曲がヤバすぎて普通のジャズに聞こえてしまうのである。

闇からはじまり、朝を迎え、しかしまた闇に舞い戻っていこうとする放浪者、チェット・ベイカー。その美しい世界はこれで幕を閉じる。
はずだったのだが、ボーナストラックが追加されたCDが、今入手しやすいアルバムである。

八曲目からはボーナストラックだが、八曲目はなんとインタビュー。インタビューを入れるか? あえて? と混乱する。
気分良く聴いてきて、いきなり喋り声が延々と8分も続くのは閉口した。
そして九曲目は『My Romance』、まあこれも美しい演奏だが、またしゃべり声が入ってくる。
ピアノから始まる上品なトラックだが、続くチェットのトランペットはどこか頼りない感じだ。ハッキリ書くとへろへろである。売春宿の帰りか?と聞きたくなるくらいのヨレヨレの演奏。どうやらオフレコーディングでちょろっと録りました的な感じだが、この追加二曲を<ボーナス>と言ってもいいのだろうか。アルバムのトータル性を考えると、圧倒的に七曲目で終わった方が良いように思う。

破天荒な生き方、ぼろぼろの人生すら味方に付けたチェット・ベイカーらしい音といえばそうかもしれないが、やはり緊張感あふれるトランペットこそ、彼の真骨頂なのではないかと、アルバム『キャンディ』を聴いて思うのである。

甘いマスク、甘いヴォーカル、メランコリックなトランペット、そういうイメージが語られやすいチェット・ベイカーだが、このアルバムの冒頭で繰り広げられる暗く張り詰めた、しかし愛に飢えた哀しいほど美しいトランペットこそ、チェット・ベイカーなのではないかと私は思った。
死の3年前にレコーディングされたこのアルバムは、チェットの名盤リストに顔を出すことは少ない。しかし、この世界は他の誰にも出せない輝きがある。暗く美しい輝きが。



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