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jazz night

さんふらわあ JAZZ NIGHT プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
あくまで格好いいジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。

第3回
Woody III
Woody Shaw



ウディ III
ウディ・ショウ
撰者:吉田輝之

Woody III

Woody III
Woody Shaw
【Amazon のディスク情報】


1.Woody I on the Newark
2.Woody II Other Paths
3.Woody III New Offerings
4.To Kill a Brick
5.Organ Grinder
6.Escape Velocity

CBS COLUMBIA JC 35977


PERSONNEL
George Cables Piano
Curtis Fuller Trombone
Onaje Allan Gumbs Piano
Clint Houston Bass
Carter Jefferson Sax (Tenor)
Victor Lewis Drums
Rene McLean Flute, Sax (Alto), Sax (Soprano)
Woody Shaw Cornet, Flugelhorn
James Spaulding Reeds (Multiple), Sax (Alto)
Charles Sullivan Trumpet
Steve Turre Trombone, Trombone (Bass)
Nobu Urushiyama Percussion
Azzedin Weston Conga, Percussion
Buster Williams Bass


iron man
The Iron Men
Woody Shaw
【Amazon のディスク情報】
リターン・トゥ・フォーエヴァーの「ロマンの騎士」のジャケットをレコード屋や雑誌で見る度に思い出される、同じ鎧ジャケであるウディ・ショーの「アイアンマン」。エリック・ドルフィーへのリスペクトともいえる名盤。




Sunflower Jazz Night
フェリーで揺れる、ジャズの夜。
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Volontaire
東京赤坂でジャズなら
カフェ&バー、ボロンテール

Doodlin
ソウルでファンキーな夜を。
神戸元町のジャズバー、Doodlin'

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はじめまして。吉田輝之です。今回、畏友である大橋さん、松井さん、平田さんと交代でジャズコラムを書かせてもらうこととなりました。
では、私の1枚目はWoody Shawの「Woody III」について。



ウディ・ショーと云えば70年代後半から80年代はじめにかけて脚光をあび、いつのまにか消えていったトランペッターという印象がある。

1944年、ノーズカロライナー生まれ。1938年生まれのリー・モーガンより6歳下、1961年生まれのウィントン・マルサリスより17歳年上である。トランペッターに限らずジャズミュージシャン空白の時代の生まれで、同世代で比肩できるトランペッターは1942年生まれの日野皓正ぐらいしか思い浮かばない。

父親はダイアモンド・ジュビリー・シンガーズというゴスペルグループのメンバーで、彼自身ゴスペルに親しみ、11歳でクラシックのトランペットを習いだすが、やがてジャズに深い興味を持ち、のめり込む。そして若干19歳であのエリック・ドルフィーに見出されて渡欧するが、直後ドルフィーは急死する。
生まれながらの弱視である。今回改めて彼について調べてみて、絶対音感の持ち主であることは容易に想像がついていたが、弱視ながら生来の映像的記憶能力の持ち主であることには驚いた。

放浪から帰ってきて何年も前に見た花火の一瞬の情景を、スケッチも写真もなく細密なちぎり絵で再現した山下清や、全てのスコアを写真で写し取ったように暗譜していたルービンシュタインと同じ能力を持っていたのだ。彼はこの能力により高校時代2年飛び級で進学したという。

極めて宗教的な音楽環境。生まれながらのハンディキャップと対をなすように与えられた特殊な能力。若くしてジャズの偉大なイノベーターに見出される早熟ぶり。成人までのプロフィールをみると、彼はまぎれもない「神童」であり、そして神童の常として極めて「特異」だ。

1964年、アメリカに戻ると70年代にかけて、チック・コリア、ジャキーマクリーン、ブッカー・アーヴィン、ボビー・ハッチャーソン、アート・ブレイキー、デクスター・ゴードンのバンドに参加。自己のグループも結成し、マイナーレーベルを経て、1978年にはコロンビア(後のCBSソニー)と契約する。
直前にグループに参加していたデクスター・ゴードンと、マイルス・ディヴィスの推薦というのがすごい。1981年まで5枚のレコードを残すが、この間グラミー賞のノミネート、ダウン・ビートのリーダーポール取得など絶頂期といえる。また、ぼくがリアルタイムでウディ・ショーを聞いた唯一の時期だ。

しかし、その後、彼の消息が消える。ぼく自身80年代なかばからほとんどジャズ雑誌を読まなかったこともあるが、80年代半ばに日本のMTフジ・ジャズフェスティバルに来たくらいしか記憶にない。あとリターン・トゥ・フォーエヴァーの「ロマンの騎士」のジャケットをレコード屋や雑誌で見る度に、同じ鎧ジャケである彼の「アイアンマン」を思い出し、今ウディ・ショーは何をしているのだろうかと思う程度であった。

7年ぐらい前だろうか、ある人からウディ・ショーの『その後』を知らされ、衝撃を受けた。
彼が演奏旅行中に、妻が子供を連れてかってのボスであり僚友とも言えるデクスター・ゴードンのもとに去り、その後エイズに感染しているこが判明、89年2月ブルックリンの地下鉄のホームから落ち、なんと左手を切断、同年4月10日死亡。

 1956年に絶頂期に交通事故で死亡したクリフォード・ブラウン、25歳
 1964年にベルリンで心臓発作で死亡したエリック・ドルフィー、36歳
 1967年に燃焼しぬいて肝臓癌で死亡したジョン・コルトレーン、41歳
 1968年に大成功した後心臓病で死亡したウェス・モンゴメリー、45歳
 1970年にイースト川で死体が発見されたアルバート・アイラー、34歳
 1972年に演奏中、愛人に拳銃で撃たれ死亡したリー・モーガン、33歳

50年代から70年代にかけて夭逝した天才達の死が唐突でドラマチックなのに対して、彼の死に至る過程は、緩慢で、あまりに過酷で凄惨だ。神に選ばれ、そして見捨てられた男なのだ。

当時タワーレコードのような大型店でも彼のCDは全く置いておらず、ぼくは中古盤店で1年に1枚ぐらいのペースで、ぽつりぽつりと彼のデスクを買ってきた。いずれも千円前後の捨て値であった。しかし2年程前からようやくリイシューが進み、今年になってからもCDSコロンビア時代の3タイトルが出された。

今回取り上げた「Woody III」はその内の一枚でその名の通りコロンビア時代の3枚目だ。マイナーレーベルでの作品を含めて彼の作品は傑作、秀作ぞろいだが、父親と息子と3人で一緒のジャケットの写真が示すよう、彼が最も幸福で充実していた時に作成され、内容も素晴らしい。

彼の演奏は完全にナヴァロ、ブラウン、モーガンと続く伝統に立った上で、自分独自のスタイルを加えたものだ。アップテンポの曲では強く疾く正確、スローな曲では一転して憂愁感をたたえながら温かみがある。作曲した曲も素晴らしい。そして、彼だけではなく演奏者全員が一丸となりフルスロットで演奏している。バンドリーダーとしてもずば抜けていたのだ。

因みに、ジャケットに写っている彼の父親の名前は“Woody Shaw Sr”、子供の名前は“Woody Louis Armstrong Shaw III”というのがうれしい。



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