BANSHODO_Logo
gray line

Kind of Jazz Night

さんふらわあ JAZZ NIGHT 初代プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。


撰者
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦

gray line
第76回

イッツ・アバウト・タイム
ナイポンク
撰者:平田憲彦


【Amazon のCD情報】

ナイポンク、という名のピアニストをご存じだろうか。現在、ヨーロッパのチェコ共和国で活動しているジャズピアニストである。
ナイポンクという名前は『Najponk』と書く。

この『Najponk』だが、本名は『Jan Knop(ヤン・ノップ)』。『Najponk』はいわゆるアナグラムの一種でコトバ遊びである。アナグラムとは、ある綴りの単語に含まれるアルファベットを任意に綴り直し、別のコトバをつくり出す遊びのことだ。逆読みもアナグラムの一種で、『Jan Knop』という本名を逆読みしたものが『Naj Ponk(ナイ・ポンク)』、それをつなげて『Najponk』としているのが、このナイポンクというピアニストである。自分の名をこのような冗談にしてしまうあたり、彼の人柄の一端を見る思いだ。



日本人にとってのチェコは、かなり深く想像しなければならないほど遠い国だ。それは、彼らにとって日本が『Far East(極東)』と感じるのと似ているのかもしれない。

チェコの首都はプラハ。かつてのソ連が侵攻してからは東欧諸国に分類され、ベルリンの壁崩壊後は中欧または中東欧に分類される国である。1993年にチェコスロバキアがチェコとスロバキアに分離して、現在のチェコが成立した。
北はドイツとポーランド、南にはオーストリアとスロバキア、その4カ国に囲まれた内陸の国だ。

日本でも人気の高い作曲家、ドヴォルザークはチェコ出身だ。彼はニューヨーク・ナショナル音楽院の院長として米国で教鞭をとっていたこともある。米国在住時代の1893年に書き上げた交響曲第9番『新世界より』は今でもスタンダードなクラシックナンバーとして人気絶大で、『新世界』が米国を指すことはご存じの通り。私も大好きなシンフォニーだ。
私が通っていた中学校では、放課後も押してくると“そろそろ帰りなさいよ〜”という意味で『遠き山に日は落ちて(新世界より・第2楽章冒頭のメロディー)』が流れていた。

ドヴォルザークは黒人霊歌を研究し、門下生がそれを引き継いだということだ。そういう意味では、欧州のチェコという国は音楽的に米国とつながりがあるのである。今回紹介するナイポンクの音楽を通して、チェコと米国における音楽的つながりと無理矢理に関連づけるつもりはないが、19世紀にチェコと米国とが音楽で繋がっていたという事実に、どこかうれしさを覚えてしまう。

まるで何度も行ったことのある国のようにスラスラと紹介したが、私はチェコに行ったことはない。チェコを取り囲む4カ国にも未訪問である。しかし、ナイポンクの音楽に触れてチェコが一気に身近になったのだから、不思議なものだ。

ナイポンクが生み出すサウンドは、極めてブルージーでソウルフル、かつスウィンギー。ジャズのいちばん気持ちの良い部分を実に豊かに表現している。まるで米国でバリバリにハードバップをやっているピアニストのようだ。欧州の洗練されたフィーリングもしっかりと生きているが、聞こえてくるのはブラックミュージックに根差した正統的ジャズである。



ナイポンクは1972年にチェコで生まれた。それは『プラハの春』から4年後のことである。1989年のベルリンの壁崩壊の時は16歳。生まれ故郷であり祖国でもあったチェコスロバキアが分離して現在のチェコが成立した1993年には21歳。それを思うだけで、ナイポンクがどのような時代を生きてきたかが、多少なりとも想像できる。
ナイポンクのアルバムに収録されているナンバーには政治を連想させるタイトルはないが、チェコ国民であるナイポンクが政治に無関心であることは想像しにくい。しかし、彼の音楽はあくまでもピュアな、そしてブルージーなジャズである。

9歳の頃からピアノを弾き始め、その頃はすでにジャズに囲まれていたという。1990年に初めてのトリオを結成。1995年にはチェコのオストラバで開催された国際ジャズコンペで優勝。チェコラジオが企画した『セロニアス・モンク・トリビュート』に出演。ソロとトリオの両面での活動と続け、ベルリンではよく知られたジャズクラブ『A Trane Jazz Club』にも出演。1998年にはチェコのジャズシーンで頭角を現す存在となった。

彼のスタイルは極めてストレートアヘッドなジャズである。奇をてらったようなアドリブや、クラシック音楽を連想させるようなフレーズはない。ブルースをベースとしてドライブ感たっぷりな、スウィング感抜群の軽快なナンバーから、味のある優しいバラードまで、現代に生きているハードバップをまっすぐピアノに乗せている。典型的なモダンジャズといっていい。
それはソロでもトリオでも変わらない。あまりにもストレートアヘッドな4ビートなので、ややもするとありきたりに聞こえる。しかし、なぜかそこにはにじみ出る味わいがあり、何度も聴きたくなる魅力をたたえている。

ピアニストではデューク・エリントン、カウント・ベイシー、オスカー・ピーターソン、セロニアス・モンク、ウィントン・ケリー、そしてレッド・ガーランドの影響を強く受けていると公式にコメントしている。ピアノ以外で影響を受けたミュージシャンは、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーン、マディ・ウォーターズ、ジミー・スミスであるとのこと。マディとジミーってのが、うれしいセレクト。

1999年のデビューから2012年まで、13年間に8枚のアルバムをリリースしてきているので、チェコでは人気ピアニストなのかもしれない。8枚の中でソロアルバムが3枚もある。これはちょっと珍しい多さである。

さて、どのアルバムも本当に素晴らしいジャズをやってくれていて、今この時代にこのサウンドを生で聴けるということは、とても嬉しいことだ。気持ちの良いハードバップをピアノトリオで楽しもうと思うと、やはりどうしても1950年代のレコードに気が向かってしまいがちだ。もちろんそれも素晴らしいジャズ体験ではある。しかし、音楽とは生ものである。そこにある生命力、ドキドキするような躍動感、そういった人間味を味わえるのが、ライブである。
そういう意味で、ピアノトリオでハードバップを聴かせてくれるナイポンクは、今の時代の貴重な存在のひとり。なんとかして来日してほしいものである。

ということで今回のコラムは、もちろんそのレコード紹介もしかりだが、ナイポンクというピアニストの紹介でもある。もしも彼が来日したら、私は必ず見に行こうと思っている。そして、是非ジャズ好きな皆様にも見に行って頂きたいと思う。



今回私が大推薦するアルバムは、これまでリリースされてきた8枚のうち、2010年にリリースされた『It's About Time』である。8枚どれも素晴らしいのだが、『It's About Time』だけは他の7枚と顕著に違っている特徴があるのだ。それは、編成である。

Najponk - Fender Rhodes
Ondrej Pivec - Hammond B3
Gregory Hutchinson - Drums

ナイポンクが弾くのはフェンダーローズ。部分的にローズを弾いているのではなく、全曲でローズだけを弾いている。そういう意味でも珍しいアルバムと言える。
グレゴリー・ハッチンソンは、私はまったく知らないのだが、レイ・ブラウンとも活動したニューヨークでは人気実力も十分なドラマーとのこと。ハモンドを弾いているオンドレイ・ピヴェクのことも、まったく知らない。
なにしろナイポンクその人を最近まで知らなかったくらいなので、私にとっては未知のトリオなのだ。

セットリストは以下の通り。
01. This Love Of Mine (Barry Parker, Henry W. Sanicola, Frank Sinatra)
02. Theme For Cliff (Mike Carr)
03. Peace (Horace Silver)
04. Days Of Wine And Roses (Henry Mancini, John H. Mercer)
05. Soon (George Gershwin, Ira Gershwin)
06. I've Never Been In Love Before (Frank Loesser)
07. Blues For Petr (Najponk, Ondrej Pivec)
08. Cold Duck Time (Eddie Harris)
09. The Things We Did Last Summer (Jule Styne, Sammy Cahn)
10. Just A Closer Walk With Thee (traditional)

リストを見るとわかるように、スタンダード中心だが演奏内容はかなり黒く、そして濃い。ブルース&ゴスペル・アルバムと言ってもいいくらいだ。心地よくスウィンギー。しかし甘くはない。メロウでビター、そしてハードである。これぞジャズ、と思わずほほが緩む。
ファイナルトラックの定番ゴスペルナンバー『 Just A Closer Walk With Thee』が泣かせる。

演奏内容も、ベースレスだが気にならない。むしろ、エレピがソロの時はハモンドがベースラインをフォローし、ハモンドがソロの時はその逆となり、トリオのフォーメーションが絶妙かつ有機的に機能している。

ヨーロピアン・ジャズと耳にしたとたんに、耽美的で知的、透明感あふれる研ぎ澄まされたジャズと思ってしまいがちだ。しかしここで聞こえるサウンドはブラックミュージックのソウルフィーリングが濃厚な、アメリカンミュージックそのものだ。
レーベル・ノートによれば、レコーディング、ミキシング、マスタリングはすべてニューヨークで行われていて、今は珍しくなったアナログレコーディングとのこと。この温かいサウンドはそういった事も影響しているのだろう。



すでにリリースされている名盤や、知られざるアルバムなど、過去の遺産を楽しむことはとっても魅力的なジャズ体験である。聴いたことのないアルバムは全てニューアルバムだ。しかし、だからといって過去にばかり目を向けているのではなく、現代、いや現在のジャズに向き合うことも素晴らしい音楽体験である。

そして、このナイポンクのように、米国人や黒人でなくても、ヨーロッパの内陸で地味ながらも素晴らしいジャズをやっている同時代のミュージシャンがいる。とてもうれしい。

ということで、私はナイポンクのサイトから本人のメールアドレスにメッセージを書いた。素晴らしい音楽をありがとう、というファンレターである。インターネットは、こういう時に素晴らしいとつくづく思う。

翌日には本人から返信がとどいた。とても喜んでくれている返信にまた返信し、何度かやりとり。
一気にチェコが近くなったような気がした。



Najponk 公式サイト
www.najponk.com


gray line Copyright 2010- Banshodo, Written by Iku Ohashi, Sanshiro Matsui, Teruyuki Yoshida, Noriiko Hirata, All Rights Reserved.