書海放浪記
書物迷宮
平田憲彦
※
ハイウェイ・スター
大友克洋
双葉社(1979年)
『童夢』で日本中を驚愕させ、『AKIRA』で遙か雲の上まで突き抜けてしまった大友克洋がまだ地上にいた頃の傑作短編集である。
天才の名をほしいままにする大友克洋であるが、実はもう昔から天才であったことが、この『ハイウェイスター』を読めばたちどころにわかる。得意とする短編を集めた作品集は他にリリースされているので、別に『ハイウェイスター』を読めばそれでよしというわけではいささかもない。
すべて読まねばならないのはもちろんだが、初めてなので何から読めばいいかわからないという、今や私たちにとって嫉妬するほかない幸福な方にまずおすすめするのであれば、これである。
大友克洋を読む。それはとりもなおさず、日本人を読むということを意味する。
リアルな日本人。本当にあったことが表現されているものがリアルなのではなく、本当が描かれているということがリアルなのである。これはあのヘミングウェイもいっていることだが、大友克洋の作品にはその本当の日本人が濃厚に表現され、私たちを満ち足りた虚脱感へと導く。
それは、遠く懐かしい育った場所を訪ねたときの感覚に似ている。また、昔好きだった人に何十年かぶりに会ったときの自分自身。軽い失望と、それが誘う笑うしかない状況。しかし、これが現実だろという確信。
ここに収録されている作品たちは、いずれも注目すべき熟成された世界があるが、通底しているのはあくまで優しい悲しさであり、徹底して描ききって乾いた笑いにすら昇華せられた日本人をこれほどまでに体験できる作品もまたとないという、貴重なる作品。『AKIRA』を大好きな海外の方にもぜひとも読んでいただきたい。
『童夢』と『AKIRA』では味わえないめくるめく読書体験を、是非。
※敬称略
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