書海放浪記
書物迷宮
平田憲彦
※
Irving Penn
John Szarkowski
The Museum of Modern Arts, New York
1984年
アービング・ペンの作品では、本書以外が代表作になることは確かだ。
たとえば、『Flowers』。ファーマン・ディドーをメイン・フォントに、磨き抜かれたタイポグラフィで装い、7色カラー印刷と分厚いミラーコート紙で編み出された世界は、いいようもなく美しい。シャッターを切る瞬間、スタジオにいた全員が目をつぶらねばらなかったくらいに大光量でたかれたストロボによって切り取られた花々は、それが確かに命が宿っていることが否応なく記録された、空前絶後の写真集。
ここに取り上げる作品集『Irving Penn』は、その『Flowers』からも数点収録された、ベスト版的な写真集である。故に、代表作とは言い難い。しかし、だからこそペンの世界が幅広く網羅されており、ペンのすごさを端的に味わい、また、写真表現のすさまじさを徹底して堪能できることもまた事実ではある。
なおかつ、ペンの場合この作品集に限ったことではないが、印刷がとんでもなくすばらしい。これだけでも見る価値があろうというものだ。『Flowers』だけみると、あれにかなう印刷は世界中どこを捜してもないのではないかとさえ思うが、じっさいここで見られる印刷表現は、また別の意味で限界を軽々と超えて、ばかばかしいくらいに爽快で圧倒的な完成度を誇っている。ペンのオリジナルプリントはもっと凄みがあるが、こと印刷表現というかぎり、これはもう完璧である。
写真とは光の芸術である、そんな当たり前のことが嘘のように、光と陰を通り越して、被写体である“人”の“肉”なり“しわ”なりが、徹底して乾いていながらも暑苦しく迫ってくる、この存在感はただごとではないのである。そして、構図。これは、もう天才の所行と言うほかない。努力してどうにかなるというものではなかろう。我々は、ただペンの魔術に幻惑されていればいいのである。
この作品集は、ニューヨーク近代美術館で開催されたペンの回顧展用の図録として編まれた。展覧会場の中では、声にならない驚嘆と、言いしれぬ幸福感で満たされていたことだろう。会場にいることが出来なかった不幸な我々は、しかし、この作品集で永遠の幸福を味わうことが出来る。
ページをめくるたびに、ペンの魔法がかかるのである。
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