書海放浪記
書物迷宮
平田憲彦
ミュージシャンが書いた本
音楽を題材にした小説は、いろいろある。それが好きだという人もいるだろうが、私はあまり良い出会いがない。むしろ、音楽家自身が書いた本の方がおもしろく、ずいぶんと読み継いできている。
主に読んできたジャンルは、ロックやブルース、ジャズなどのアメリカ音楽ばかりなので、その中で少し紹介してみたい。
まずは自伝と呼ばれるもの。
誕生から始まってキャリアがはじまり、挫折や失敗を繰り返してついに成功を手にした現在、というサクセスストーリーが、ほとんどの自伝の典型だ。
それも悪くない。が、どうしても自慢話の網から逃れることは出来ず、もうひとつ後味がよろしくない場合が多い。
むろん、例外もある。たとえばマイルス・デイヴィスの自伝。あれはかなりおもしろい。マイルスの音楽に対する哲学もしっかりと描かれていて、しかも時代背景や難しい人種問題なども、避けることなく正面からとらえている。
そして、ボブ・ディランの自伝もすばらしく読ませる。これは自伝と言うよりは、事実を織り交ぜたエッセイ集という趣だ。
次にエッセイ集がある。
これは、ミュージシャン本人が感心のある事象や人物など、幅広く取り上げたもので、たいてい読みやすく、それがかえって軽めな印象となって忘れ去れていく宿命も併せ持っている。
たくさん読んできたが、今も心に残るのは高田渡の『バーボンストリートブルース』だ。自伝的な時間軸も感じさせるが、なにより音楽といかにして向き合ってきたかがうまく表現されていて、読み進めるうちに高田渡の音楽が鳴っている錯覚に陥るという、かなり完成度の高いエッセイ集である。
また、浅川マキのエッセイ集も秀逸だ。今年に入ってすぐ亡くなってしまい、とても残念だが、エッセイ集は彼女の音楽のように、ブルースが濃厚で、ジャズのビートが鳴っている。文体にもシンコペーション的なリズムがあり、かなり優れている。2冊しか出ていないのでどちらを読んでも楽しめるのではないかと思う。
そして、インタビュー集。
インタビューという表現形式が出てきたのは20世紀になってからで、とても新しい芸術表現なのだ。アンディ・ウォーホルがほぼインタビューで埋め尽くした雑誌を刊行したことも相まって、1960年代以降、インタビューはミュージシャンの思考を知る重要な手だてになった。
雑誌ローリング・ストーンのロングインタビューは、それだけで一つの世界となっているし、プレイボーイマガジンのインタビューもすばらしいクオリティがある。
それらを書物にまとめたものがいくつか出ているので、是非読んでもらいたいと思う。どれも優れたインタビュー集だ。
とりわけ私は、やはりどうしてもジョン・レノンの『プレイボーイインタビュー』を筆頭にあげたい。日本語版は横尾忠則が装丁し、音楽出版史に残る名作となったが、内容もすごい。
変わったところで、歌詞集。
万象堂からも出ている『ロバート・ジョンソン ブルース歌詞集』もそうだが、歌の歌詞だけを抜き出して書物にしたものだ。
私のお薦めは、忌野清志郎の歌詞を集めた『エリーゼのために』。これはとても良い。ただ、歌は聴いてこそその価値があり、歌の魂も堪能できると思っているので、歌詞集は音楽の余録だと思っている。
もうひとつ、写真集というヘンなものもある。
ミュージシャンを、その外面的な部分をとらえて書物にしたものだ。しかしこれがなかなか大したもので、ジャーナリスティックにミュージシャンをとらえた写真集として、何冊も優れたものがある。多くは洋書だが、ジャズやブルースに秀作が多い。ロックでは、ローリング・ストーン誌がまとめた写真集がスゴイ。U2の写真を多く撮っているアントン・コービンも、優れたロック写真集を出している。
最後に、評論家が書いた音楽本を紹介したい。
万象堂から出している『小さな町の小さなライブハウスから』も、このカテゴリーに入る。つまり、ミュージシャンではない人が書いた音楽の本、ということになる。
音楽を聴く側からの音楽へのラブレターである。
グリール・マーカスが書いた『ミステリートレイン』は、堅くて頭でっかちという点があるが、とても熱い一冊。ただ、日本の音楽評論としての書物を考えると、ポピュラーミュージックでいえば、たとえば文芸評論や映画評論のクオリティには及んでいないというのが、私の感想だ。音楽はまだまだ『楽しむもの』としてのポジションから離陸していないことの証左かもしれない。クラシックの書物はよく知らないので、なんともいえないが。
毎年多くの音楽書物が誕生しているが、いつも書店に行くと立ち寄ってしまうのが音楽コーナー。楽しみは尽きない。
Copyright © 2003- Banshodo, Hirata Graphics Ltd. All Rights Reserved.