書海放浪記
書物迷宮
平田憲彦
星の王子さま
著作権存続期間の議論が継続して成されているが、その『著作権の期限切れ』という問題によって多くのことが起こっているのは周知の通りである。
以前もこのコラムで触れたが、坂口安吾の作品が青空文庫で公開され、誰もが無償で読めるようになったのも、この『著作権の期限切れ』ということが大きく影響している。
昨年、『星の王子さま』が多数の版元から一斉にリリースされた。それも、『著作権の期限切れ』がコトの発端になっている。
それぞれ訳者は違う。装幀も価格も異なる。
それまでは、岩波書店版のみだったが、これからは多くのバリエーションが出てくることになるだろう。
私は、今回新潮文庫版で、初めて読んだ。
いろいろなことが、この『星の王子さま』について言われているようだが、私はまず、疑問に思った。この物語は、本当に『子どもたち』に読まれてきたのだろうか、ということだ。
私は、『星の王子さま』は、どう考えても『大人たち』が読み継いできたとしか思えない。
テキスト全体が、明らかに大人たちを対象化しようとしているレトリックに満ちている。そもそも、子どもははじめから大人を対象化しているので、子供向けに書くのであれば、その手のレトリックなど不要なのである。
文中の多くの部分で、この本が大人向けに書かれた作品であることを確認できる。
たとえば、かなり心に深く残るフレーズとして、こんな一節がある。
『ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。いちばん大切なことは、目に見えない』
(108ページ)
素晴らしい。
もうひとつ。
『人は、しゃれたことを言おうとすると、ついうそが混じってしまうことがある。』
(85ページ)
うまいこと言うなあ。
さらに、こんなのも。
『絆を結んだものしか、ほんとうに知ることはできないよ。』
(103ページ。いずれも、新潮文庫版・河野万里子訳より。)
ドキッとする。
ほんとうに素晴らしいと思う。
しかし、これは大人の心にこそ、届く文章ではないだろうか。
大人だからこそ、こういう認識を持つべきなのだ。
子どもは、そもそも物事を心で見ている。
朝日新聞から出ている『あのね』という本を読むと、どれほど子どもたちが心で物事を見ているかが、幸せな気分になりつつ実感できる。ちなみに、この本も素晴らしいので、是非一読を。あまりにも素晴らしくて、うれし泣きしそうなくらいである。
そう、大人向けに書かれた本。そういうことを考えた上で、新潮文庫の編集者は、この『星の王子さま』を文庫で出そうとしたのではないだろうか。
この文庫本は、明らかに大人に向けて出版されているように思う。
しかし、この文庫本は装幀も美しい。リッチな作り、というよりは、カバー裏の解説の通り“宝物にしたくなる”、そんな仕上がりになっている。
日本語訳も素晴らしい。絶品、といっていいと思う。
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