書海放浪記
書物迷宮
平田憲彦
モオツァルト、モーツアルト
2005年に読んだ本は?ネタ。それをもう少し続けようと思う。先日、2005年に出版された本は約8万点あったらしいと書いたが、その中から本を読まなければならないなどということは、もちろんいささかもない。読みたい本を読めばいいわけで、こうやって出版社をやっている本人が言うのもなんだが、別にその年の新刊本を読まねばならないなどということはない。読んだことのない本は、その人にとっては全て新刊本みたいなものだから、自由に読めばいいのである。むろん、好きな本は何度も読めばいい。読み直すたびにそれは新しい発見に満ちている。
ということで、私が2005年に読んだ本の中で心に残った本を先日『ボブ・ディラン自伝』と書いたが、次に挙げねばならないのは小林秀雄の『モオツァルト』である。もちろん2005年の新刊ではない。あ、注意してもらいたいのは、書名は『モオツァルト』であって『モーツアルト』ではない。『モーツアルト』で検索すると引っかからないのでご注意である。
余談だが、発音的に考えると、どっちが寄り近いのだろうか。万象堂の関連で言うと、“ブルース”と“ブルーズ”とがある。あるいは“ロバート・ジョンソン”と“ロバート・ジョンスン”と言ってもいいかもしれない。コレについてはいずれちゃんとコメントするつもりだが、この“モオツァルト”に関して言えば、単に時代的なものがそうさせたのかもしれないが、折を見て調べてみたい。
さて、小林秀雄は日本の批評家としては先駆的な仕事をした人で、多くの人には『考へるヒント』の著者として記憶されていることと思う。この『モオツァルト』は、小林秀雄の美しい文章が詰まった作品で、現在は新潮文庫で手軽に読むことが出来る。この作品の何が素晴らしいと言って、その美しい文章もさることながら、音楽というものを文章という別の表現形態であらわすという次元に於いて、これ以上はないだろうという着眼点と思考への刺激が音楽を誘発する文章で表出しているところである。
モーツアルトの音楽を愛情一杯に厳しく冷静に批評するという点に於いても、芸術論という域にまで高められた洞察力が息を呑むほどの鋭さで文章化されている。読み進めていくうちに名言が連発し、その恐るべき勢いとみなぎる自信にめまいがしてくる。文章がどんどん疾走していき、それはさながらモーツアルトの旋律へのオマージュとも呼べそうな文章空間を生み出しているでのある。
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