書海放浪記
書物迷宮
平田憲彦
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ねじ式/紅い花
つげ義春
小学館(1995年)
ねじ式は1968年、紅い花は1967年の作品だ。
なぜこんな事を冒頭に記すかと言えば、この書物は文庫本として再発されたので発行は1995年なのである。作品の質は、それが生まれた年代によって特別に左右されるものではないが、参考のために、一応記しておく。
しかし、それにしても、なぜ数あるつげ義春の作品の中からこの文庫本なのか。それは、最も親しみやすい形態であり、また、入手が容易なために他ならず、それ以上の意味はあまりない。
つげ義春をその全集から読み始めたり、単行本から読むこともまた十分刺激的な書物体験であるには違いないが、これは文庫本というあからさまに親しげな形を取ったつげ作品であるから、レコードでしか聞けなかった名作がついにCD化されたかのような軽い驚きを禁じ得ないということもまた事実で、最も親しみやすくまた入手が容易になった文庫本にパッケージされた名作のオンパレードの出現を、やはり正直に喜びたいと思うのである。
注意しなければならないが、いくら画期的な出版であるとはいえ文庫本の宿命であるところの“ずっと再販され続けるとは限らない”ということを肝に銘じ、まだ所有されていない方は、是非とも今すぐ書店に向かっていただきたい。
それにしても、これほどの動揺を誘うつげ作品をジャンル分けする事ほど無意味なものもまたとないだろう。わかりやすく言えば“漫画”であるが、では文学かといえばそれもそうだろうし、寓話といえばそうかもしれない、しかし、はっきりと言えることは、あまりにも生々しい人間がここにはいて、不意に始まり不意に終わる物語の中に我々自身がしっかりとうつされているということだ。
ここには、あまりにも切ない我々がいる。
つげ義春を読むということは、絶対に涙など出ない切なさを自覚する行為であることに他ならず、言いようのない幸福感と余韻をもたらせてくれる開放的体験でもあるのである。
※敬称略
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