書海放浪記
書物迷宮
平田憲彦
※
全宇宙誌
松岡正剛編集
工作舎(1977年)
今この変質しきった空気を通して見る夜空は、それでも澄んでいるときなどはかなりの星がはっきりと見える。ましてや、日本の中にあっても場所を少し移してみるだけで、相当数の星が降ってくるかのようにちりばめられている。スキーに行ったときなど、たびたび実感できることだ。
じっと夜空を見つめていると次第にその距離感が不確かなものとなって、ある時不意に、星がすぐそばにあるかのような気になる。しかし、その星と今ここでそれを見ている我々との距離には、創造を大きく逸脱させる空間が横たわっているはずなのに、なぜかとても近しいと感じるのである。
全宇宙誌。
およそ考え得る限りの宇宙、そして星々に関する論考や記録、検証、科学を封じ込めたこの書物は、夜空に吸い込まれそうな宇宙の魅力をそのまま開示して見せてくれる。文字を“星”のメタファーとして乱舞させ、ページをめくるという行為を空間を移動する遊泳と同一化させた野心と冒険心いっぱいの仕掛けが潜んでいる空前絶後の書物なのである。
本文のほとんどのページはブラックインキのみで印刷され、例外的に表紙には金が、巻末の年表には銀が印象的に定着し、ページというページにわたってびっしりと散りばめられた白抜き文字たちは、まさしくそのまま星となっている。
小口には、めくる方向によって小宇宙が出現するという奇想天外なマジックがかけられ、本文中に乱舞する白抜き文字たちの間を縫って飛び交う大小の銀河。また、詳細に解説され、描画された精緻なイラストレーションが宇宙の生命力を否応なく煽いたてる。また、ところどころで傾いて配置されている文字たちは、地球の自転軸の角度にシンクロされ、浮遊感覚を満喫させてくれる。
まさに、書物体験とも呼べる画期的な書物なのだ。
このとんでもなく魅力的な書物は、はっきり言って読みにくい。しかし、これほど読むことを問いかけてくる書物も、またとあるまい。編集者松岡正剛と、グラフィックデザイナー杉浦康平が中心となって生み出したこの書物は、書物自身が宇宙となって宇宙を語るという、まさに宇宙の自己告白にも似た生々しさをまとっているのである。
編集、テキスト、そしてエディトリアルデザインという側面からも頂点と呼ぶにふさわしい『全宇宙誌』。
このような書物には、滅多に出会えるものではない。
※敬称略
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