書海放浪記
書物迷宮
平田憲彦
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ビートルズ・レコーディング・セッション
マーク・ルウィソーン
シンコー・ミュージック(1990年)
ビートルズに関する書物は、それこそ星の数ほど出版されてきたと言っていい。2000年に、4人の肉声と貴重な写真を編集した決定版とも言える『アンソロジー』が出て、ビートルズについての書物でこれ以上はないだろうとの評価がなされているが、それを言うならば、この書物はどうしても加えて置かねばならない1冊である。
これは、ビートルズの“レコーディング面”に関する決定版であることは間違いないからだ。
では、“レコーディング面”とは、はたして何か。ビートルズは言うまでもなくミュージシャンである。ミュージシャンにとって“レコーディング”とは、その存在そのものをも意味すると言っていいほど同一化さるべきもので、そこにこそビートルズの本質があると言ってもいいくらいだからである。
この書物は、ビートルズのレコーディング史を、ファーストレコーディングからラストレコーディングまで、残されていたアビーロード・スタジオの記録を元にきわめて客観的に、かつ、詳細に記述された、記念碑的な記録である。
たとえば、伝説と言われている『ツイスト・アンド・シャウト』。それは1テイクで録られたと言われているが、その真実が実にシンプルに明らかになる。
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『そう、“Twist and Shout”は第2テイクまで録った。だがそのときには、ジョンはもう声が出なかったんだ』
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誰もが知る『ツイスト・アンド・シャウト』、あのとんでもないリード・ヴォーカルを録音したあと、ジョンはなんともう1回トライしていたというのである。
この背筋を凍らせるジョージ・マーティンの証言に、あらためてビートルズの凄まじさと、この書物の特異性を認識することになるが、これはまだまだ序の口である。
ビートルズが、いったい何時から何時までレコーディングに明け暮れていたのか、1曲をものにするまでいったい何テイク試行錯誤していたのか、あの曲が初めてスタジオでレコーディングされたのは、どういう状態だったのか、そんな、生々しい誕生と生成の数々がページをめくる度に展開されていく様は、圧巻を通り越して爽快ですらあり、やがては読んでいる自分がビートルズのレコーディングに立ち会っているかのような錯覚に陥ることになるだろう。
ビートルズは天才である。しかし、そう言ってしまうだけでは正しくはない。彼らは果てしなく努力していた。それも、誰に言われるまでもなく、自らの内から突き上げる創作意欲によって、現在を突破するかのような再生を常に試みていたのである。
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