音楽書庫
音楽コラム
平田憲彦
ブルース、またはアルバート・アイラー
万象堂連載の『KInd of Jazz』では、むしろ執筆陣が楽しんでいるところが多大にある。僕は3人には遠く及ばないジャズ知識だが、そんな彼らでさえお互いの推薦アルバムの中には聴いたことがないものがあったりするから面白い。
僕が最も教えてもらうことが多いのだが、アルバート・アイラー、これには驚いた。
特にフリージャズを敬遠していたわけではないが、単純に縁が遠かった。松井さんのテキストに触発されて買ってみたが、これがすごく良い。無秩序の中に秩序があり、逸脱したリズムのように思えて、実は明快なビートを感じる。
学生の頃、カセットデッキをぶら下げて三宮の中心部を歩き回り、街の喧騒を録音してランダムに切ったりつなげたりの編集作品を作ったことがある。かっこ良くいえばサウンドコラージュだ。その録音から流れてきたサウンドには、なぜか街のリズムを感じられた。あの時の混沌と喧騒の中に人間のビートを感じた記憶が、アイラーを聴いていると蘇ってきたのだ。
松井さん推薦のラストレコーディングは本当に素晴らしい。スピリチュアルという表現がピッタリだ。
そこから広がって、今僕が聴いているのはアイラーのデビュー作「My Name is Albert Ayler」(1963年録音)である。アイラー好きに言わせると、このアルバムが最も聴きやすいのではないかとの事だが、僕もそんな気がする。
名作と言われている「Spiritual Unity」はまだそれほど聴き込んで無い。これも良いアルバムだと思うが、それ以上に「My Name is Albert Ayler」の衝撃が強すぎた。そうはいっても、もしかしたら「Spiritual Unity」を毎日聴く日が来るのかもしれないが。実際、ロバート・ジョンソンもそんな流れだったので、それはわからない。
さて、アイラーのデビュー作「My Name is Albert Ayler」であるが、これはフリージャズというよりは、僕には新主流派を少しアグレッシブにしような印象である。ただ、サウンド的にはしっかりと4ビートの香りが息づいているので、新主流派よりは50年代の香りを残しているように思う。
そして、アイラーにはディープ・ブルースがあるという事も僕が気に入った点だ。
アイラーの「My Name is Albert Ayler」には強烈なブルースフィーリングを感じるのである。パーカーのブルースナンバー「Billie's Bounce」という選曲をみても分かるとおり、明らかにブルースに力点をおくサウンドと言ってもいい。話がそれるが、僕はパーカーのナンバーを取り上げているミュージシャンは、かなり好きな場合が多い。
このアルバムではスタンダードナンバーを多く取り上げているが、どの演奏もブルースフィーリングが深く、またサウンドは従来の4ビートジャズを土台としながらも変則リズムを柔軟に取り入れる構成をとっているので、不思議な吸引力があるのだ。ジャズであるようでジャズでない、でも明らかにジャズ、そんな感じか。
アイラーを聴いていると、ブルースはやはりフォーマットではなくフィーリングなんだと強く認識する。マイルスが『ジャズにはブルースが必要だ』というようなことを言っていたが、彼が言いたかったのはブルースフィーリングということだと思う。マイルスは1963年に「Seven Steps To Heaven」を録音しているが、同じ年にアイラーはこの「My Name is Albert Ayler」を録音。そしてコルトレーンは「Impressions」である。
たまたまこの3人を挙げたが、3人とも深いブルースフィーリングをたたえた音楽で、しかしアイラーはちょっと違うような気がするのだ。何がといえば、ブルースの放出具合とでも言うのだろうか、アイラーのブルースには破壊的なパワーを感じてしまうのである。それは、ファットポッサム・レコードでオルタナティブなブルースをまき散らしていたRLバーンサイドのような、強いブルース衝動を感じてしまうのだ。
どこか大道芸人的な壊れた感じというのか、狂気の中でサックスを吹き散らかしているような、しかしまっすぐに未来を見つめている強靱な魂というのか。今まで聴いてきたどのブルースとも違う。しかし、もっとも深いブルース衝動を抱えたサウンド。
そんなわけで、ここのところ毎日アイラーの「My Name is Albert Ayler」を聴いている。まったく飽きない。何回繰り返し聴いても飽きない。
くつろげる音楽ではないが、アイラーを聴いていると心の深い部分に火が付くのがわかる。それが、生きていくための火なのか、あるいは破滅に向かう火なのか、そんな危ない感覚もあるのだが。
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