音楽書庫
すばらしきブルース&ゴスペルの世界
〜おすすめアルバムガイド〜
平田憲彦
これが、デルタブルース
The Legendaly Delta Blues Session
Son House
Charly Patton
Willie Brown
Louise Johonson
【AmazonのCD情報】
音楽を、その歴史性や意味づけ、理論、そして影響力から遠く離れて聞いてみる。ただ音を音として、声を声として聞いてみることこそ、音楽体験を生きることであり、そこに浮かび上がってくる魂に触れ、いっときの交感が生まれもする。
そんなことを考えてもなお、サン・ハウス、チャーリー・パットン、ウィリー・ブラウン。この3人が一堂に会して行ったレコーディングセッションは、どれほど冷静さを装おうとも心をかき乱さずにはおかない魅力を放ち、ブルースの誘惑が大きく手招きします。
歴史的重要性を敢えて無効化するため、真っ先に記し、そして忘れ去ってしまいたいことは、1930年という時、ブルース創世記にすでにその名声を確立していたチャーリー・パットンが、後にロバ−ト・ジョンソンに強力な影響を与えることになるサン・ハウス、ウィリー・ブラウンとともにレコーディングに臨み、競演、何曲かで共演すら果たし、ブルースの発展と進化に大きすぎる影響そして残像を残したということでしょう。
しかしここで記録されている音楽は、そんなブルース年表を振り切るほどの、まさしく生きたブルースを生々しく露呈しており、声とギターサウンドを通してブルースの最も深い地点にまで私たちを案内してくれる、まさに驚くべき音楽というほかありません。
しっとりと降り続く雨が安らぎの音を奏で、しかし急に降り出しざわめく雨音は不安を誘発、あるいは激しく叩きつける雨音には感情が揺さぶられるように、サン・ハウスのスライドギターは、音の粒立ちが色気をまとうかと思えば凶暴な香りをまき散らせ降り注ぐ変幻自在なサウンドであり、同時に叩き出される激しいビートは、弾力性と粘着性の不意打ちを食らわすエロティシズムに満ちて、私たちを動揺させずにはおきません。
そして、それは本当に声なのか、歌なのか叫びなのかうめきなのか、少なくとも魂以外ではあり得ない何者かが遠慮というものを知らずに迫ってくる様は、
まさに途方もないブルース体験となって私たちを放心させます。
ボトルネック・スライドギターの上昇し、また下降する艶やかなつぶやき、激しく脈打つ低音弦のビート、そして魂が恥ずかしげもなくあらわになるサン・ハウスの歌声。
覆い被さるように鳴り続けるレコード盤音源特有のスクラッチノイズが、サン・ハウスのブルースをますます奇跡的に昇華させています。
そのとおり、まさに奇跡的なブルース。
サン・ハウスのブルース、それは他では決して味わうことの出来ない深い深いブルース体験に他なりません。
そしてまた、ふるえる魂は同じ血を呼ぶ、その、いかにもといった装いをまといながら、サン・ハウスの盟友であるウィリー・ブラウンがサンとは空気を異にしながら信じがたいブルースを生み出している様に、私たちは出会うことになります。
ピッキングのみで生み出されるそのブルースは、ハードというにはあまりにも激しすぎるそのビート、重いうねりを見せながらも深く沈み込む下降を繰り返し、朦朧とするような、あるいはダンスビートともなるグルーヴがうねる。サンのだみ声とはまた違った壊れ具合を見せるウィリーの声は、優しくも凶暴な、包み込むしゃがれ声をまき散らし、これがブルースなのかと、思わずつぶやかずにはおれないすさまじいブルースの世界がずっしりと出現していることに、私たちは驚愕し、また興奮せずにはおられないのです。
そんな、猥雑さと凶暴さとを身にまといながらあくまでも強靱であることをやめようとはしないサン・ハウスとウィリー・ブラウンをレコーディングに引っぱり出したチャーリー・パットンは、その暴力的なまでのブルースへの愛情が半ば運命づけられたかのように、底なしのブルースに私たちを引きずり込みます。
これほどの激しくも重たいビートの中でどうしようもなく立ち昇る切なさは、明るいビートの中にもはっきりと刻み込まれ、チャーリー・パットンのブルースに言いしれぬ輝きを与えるばかりか、決して敗れることのない哀しみをも表現しきっています。
そして、ここでもまた遠く響きわたる汚れ潰れきったダミ声に、汚れを拒絶する魂のせめぎ合いを感じないわけにはいきません。そこにこそ、チャーリー・パットンのブルースが傷つきながらもしっかりと立っている姿をみとめることが出来るからです。
チャーリー・パットンのブルース、それは歴史的重要性から語られるべきではなく、今まさに生きているブルースであり、いつかは死ぬことになる人間が吐き出す断固たる生への肯定にこそ存する、またとない音楽体験に他なりません。
この濃いといえばあまりにも濃すぎる3人のブルースマン、そのレコーディングセッションに唯一随行し、ピアノのビートを猥褻に連打しながらこれまた素晴らしいブルースを生み出した一人の女性の存在も忘れるわけにはいかないでしょう。その女性、ルイーズ・ジョンソンこそ、このセッションに強烈なエロティシズムを持ち込み、ブルースの香りをさらに豊かにしたことに違いないからです。
音楽とは、人が生み出すもの。
この4人が、ある日一堂に会して行ったレコーディングセッション、やがて“デルタブルース”と呼ばれることになるそのブルースは、生まれるべくして生まれた奇跡的な切なさに満ち、これ以上にない激しさと重さで私たちを言いしれぬ幸福に導いてくれます。
罪と罰とを身を持って生きるブルースを体験できる、またとないレコード。
これを聴かずして、いったい何を聴けというのでしょう。
※
The Legendaly Delta Blues Session
Son House
Charly Patton
Willie Brown
Louise Johonson
1. All Night Long Blues (Louise Johnson)
2. Long Ways From Home (Louise Johnson)
3. My Black Mama(Part1) (Son House)
4. My Black Mama(Part2) (Son House)
5. Preachin' The Blues(Part1) (Son House)
6. Preachin' The Blues(Part2) (Son House)
7. M&O Blues (Willie Brown)
8. Future Blues (Willie Brown)
9. On The Wall (Louise Johnson)
10. By The Moon And Stars (Louise Johnson)
11. Dry Spell Blues(Part1) (Son House)
12. Dry Spell Blues(Part2) (Son House)
13. Dry Well Blues (Charley Patton)
14. Some Summer Day(Part1) (Charley Patton)
15. Moon Going Down (Charley Patton)
16. Bird Nest Bound (Charley Patton)
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