音楽書庫
音楽コラム
平田憲彦
スローバラード
最近、坂本龍一さんをよく聴いている。もしかしたら今は坂本龍一さんの黄金時代なのかもしれない。それほどに、彼の作り出す楽曲は充実しているし、なによりソロピアノコンサートを全国縦断で実施し、毎回のライブ録音をiTunes Storeでタイムラグなくリリースするという離れ業をみても実感する。
坂本龍一さんは様々な音楽をどん欲に取り込んで、自分の感性でミックスしていく天才だ。かつては自分を『ドビュッシーの生まれ変わり』のように感じていた時期もあるらしく、その音楽的トーンは確かにドビュッシーやラベルを思わせる印象派的な美しさに満ちているが、かれのすばらしさはそこに日本的な音階やアジア的なリズムをしっかり取り込めているところだろう。
そして、前衛的ともいえる抽象音楽もサラッと忍ばせる。
先日リリースされた新しいアルバムでは、『hibari』というユニークな楽曲が印象的だ。美しく短いフレーズを延々と繰り返すだけの曲だが、不思議なことに飽きない。それどころか、まるで『雲雀』が枝に舞い降りてまた飛び立つような光景を感じるのである。
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枝に雲雀が舞い降り、また飛び立ったかと思うと別の雲雀がまたやってくる。そんな繰り返しの光景が、この『hibari』という楽曲でうまく表現されている。作曲と演奏はもちろん坂本龍一さんである。
昨夜もそうやって坂本龍一さんのメロディに酔いしれてながらウェブページを見ていた。そして、まるで雲雀のように、といったらこじつけだろうが、いや、こじつけではないかもしれない。
雲雀のように一人の日本人ミュージシャンが旅立っていったのだ。
彼は歌いながら旅だったのだ。きっと。
坂本龍一さんもかつては彼と共演したこともあるし、そのソウルフルでロックンロールな歌声は、坂本龍一さんも魅了されたはずだ。
毎年ゴールデンウィークは、大阪では『春一番』という音楽イベントが開催される。そこに彼も出演したことがある。『世間知らず』という僕の大好きな歌を歌い上げたその姿は、格好いいというよりも毅然としていた。今年の『春一番』は、もしかしたら彼への追悼曲で埋め尽くされるかもしれない。
ジョン・レノンの『イマジン』を日本語に訳して歌った彼は、『天国はない、ただ空があるだけ』という素晴らしい訳詞で歌い上げている。だから、彼は天国へ行ったのだと思っている。今頃きっと、ジョンと『スタンド・バイ・ミー』をセッションしているはずだ。
こんな月並みな事を書いてしまうのは、この二人には共通項があるのだ。僕だけの共通項が。
大好きなミュージシャンで、死んでしまって涙がとまらなかったミュージシャンは、僕にとってはジョン・レノンと忌野清志郎さん、この二人だけなのだ。今のところ。
『スタンド・バイ・ミー』のコード進行をちょっと変えてそのまま当てはめると、あの名曲『スローバラード』が弾けてしまう。彼はもしかすると、『スタンド・バイ・ミー』をヒントに『スローバラード』を作ったのかもしれない。
昨夜は坂本龍一さんの『hibari』が鳴りやんでから、僕はギターで『スローバラード』を弾いて、歌った。『C』から始まって『Am』に移り、『G』を通り過ぎて『F』に行く。そしてまた『C』に戻ってくる。
とてもスタンダードで美しいコード進行。
歌詞がまた切なくて、ほんと、泣けてくる。
20090503
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