大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦
撰者:平田憲彦
『ジャズやブルースは基本的にダンスミュージックだ』、という事がよく言われるが、そればかりではない。
音楽に内在する『覚醒』と『鎮静』という作用を考えれば、ダンスミュージックは音楽の『覚醒』という側面である。
確かにジャズにとって『覚醒』という要素がいかに重要だったかというのは、ジャズの歴史的流れをみても明らかである。
そもそもスウィングジャズや、そのルーツであるニューオリンズジャズも、人々を踊らせることを大切な要素としていたことからもわかる。スローミュージックであっても、チークダンスとして『踊る』という要素を備えていたわけだ。
そのように、ジャズは本来『覚醒』要素の強い音楽だが、もう一つの音楽要素である『鎮静』をジャズにもたらせたのが、僕は『モードジャズ』だったのだと思う。
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Kind of Blue
Miles Davis
【Amazon のディスク情報】
『カインド・オブ・ブルー』は全体的にゆったりした楽曲が集まったのアルバムだ。しかし、従来からジャズにみられるスローミュージックとの質感の違いを感じる。
メロウではない。甘いメロディもない。
心を鎮める作用を引き起こすサウンドになっている。つまり、スローミュージックに『鎮静』を具現化させたといえる。
『カインド・オブ・ブルー』から始まったモードジャズは『覚醒』と『鎮静』を共存させる枠組みとして、ジャズをひとつ違う地平に押しやったのだと思う。
モードジャズにあって、それまでのジャズに無かった要素として重要なものは、旋律よりも階調を重視し、覚醒作用と同時に鎮静作用にも比重を置いたことにあると、僕は思う。
それは結果として抽象性を高め、より一層芸術的ニュアンスを持つようになった。
アルバート・アイラーやエリック・ドルフィーを聴いて、あの激しいサウンドの中に、不思議と静けさを感じるのも、きっとそういう事なのだ。
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今回は、普段あまり取り上げられることの少ない『鎮静』としてのジャズを取り上げた。
ジャズの『鎮静』という側面をを積極的に紹介しているレーベルとして有名なのは、やはりECMだろう。
クラシック音楽に備わっている“音楽の鎮静作用”が息づいているジャズを、常に新録音でリリースしているその確固たる姿勢には、凄みすら感じる。
ECMがリリースしている多くのアルバムには、キース・ジャレットを筆頭に素晴らしい作品が並んでいるので、特にどれを推薦するというわけじゃないが、たとえば、ということで、このアルバムを聴いてもらえたらと思う。
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Avenging Angel
Craig Taborn
【Amazon のディスク情報】
『復讐する天使』というすごいタイトルが付けられているが、ここで鳴っている音楽は静謐そのもの。『静寂の次の音楽』というECMのスローガンそのままの音楽。
全編がピアノソロなので聴きやすいとも言えるが、非常に抽象性が高く、クラシック音楽だと説明しても納得する人も多いだろう。
クレイグ・テイボーンは米国人だが、このアルバムでのスウィングやブルースのフィーリングは皆無。しかし、静寂感と透明感は突き抜けている。
メロウさはなく、親しめるメロディもない。スローミュージックだが、甘さは全くない。夜にひとりでグラスを片手に、あるいは愛する人と一緒に、という場面でBGMになる音楽ではなく、聴き手の精神性に触れる思索的音楽だ。沈思黙考、内省、という言葉がピッタリ。
心を鎮め、自分だけの深い時間を過ごしたい時があるとすれば、このアルバムは最適な一枚である。
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My Funny Valentine
Miles Davis
【Amazon のディスク情報】
『カインド・オブ・ブルー』でジャズに『覚醒』と『鎮静』を共存させたマイルスは、そのままモードジャズを突き進めて進化していく。アコースティック・マイルスと言われている時代で、最も鎮静作用の高いアルバムとして、僕はこれをオススメしたい。
もちろん鎮静作用だけではなく、かなりの覚醒感も内包するアルバムであるが、『静けさの中の熱さ』という音楽が展開されている。
全編に渡ってスローミュージックが流れるが、緩急自在で変化に富んだサウンドは、アップテンポとかスローとかの、ひとつの言葉で表現できない多彩な世界が実現されていて、ジャズという音楽が達成したひとつの極みではなかろうかと思わずにはいられない。
マイルスの思考を深く理解しているメンバーの演奏も、『覚醒』と『鎮静』を行き来し、甘さに流されず、激情に左右されることもなく、聴き手の意識の深い部分に触れてくれる。
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Crescent
John Coltrane
【Amazon のディスク情報】
マイルスのバンドから独立して以降のコルトレーンが演奏してきたスローミュージックは、おそらくほとんどが鎮静作用を強く内包した音楽だったと思う。聴きようによっては宗教的に感じられるのは、そのためだ。
同時に、ドライブ感ある演奏にも、鎮静作用が感じられる。『至上の愛』はもちろんだが、『ジャイアント・ステップス』のようなハイスピードな音楽であっても、高揚感の中に、圧倒的なクールな佇まいを残しているのは、覚醒と鎮静が同居しているからだろう。
この『クレッセント』はスローミュージックを多く収録したアルバムなので、より一層鎮静作用が強く出ている。『ベッシーズ・ブルース』はストレートなアップテンポブルースだが、それ以外のナンバーは極めて鎮静感が強い。
心の深い部分まで届き、精神に静けさを与えてくれる音楽。コルトレーンの作品の中でも、ひときわその傾向が強いアルバムではないだろうか。
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Moon Beams
Bill Evans
【Amazon のディスク情報】
リリカル、耽美派、ビル・エヴァンスを語る際に使われる常套句だが、エヴァンスの凄さは、美しく絶妙な和音とタイミングにある。
それが最も発揮されているのが、バンド演奏だと僕は思っている。ドラムやベースが入った時のエヴァンスが美しい和音で鍵盤を叩くそのタイミング感覚は際立って個性的だ。
このアルバムは、ひとつのセッションで録音された多くの曲の中から、スローミュージックだけを取り出してアルバムにまとめたもの。だから、はじめからエヴァンスがスローミュージック・アルバムを作ろうと思って録音したわけではないというところがミソである。
スローミュージック・アルバムだが、甘さに流れていない。緊迫していて硬質で、極めて温度は低い。徹底して澄んだ空気のなかに屹立している孤独な魂がある。鎮静感を最大限に放出しているアルバムである。しかし、不思議な事に聴いているうちに覚醒してくるのである。
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Alternate Spaces
Cecil McBee
【Amazon のディスク情報】
セシル・マクビーの音楽はスピリチュアルジャズと呼ばれることもあるし、人によってはフリージャズと呼ぶ場合もあるかもしれないが、音楽の迷宮に彷徨い、激しさや静けさの中で瞑想するのなら、このアルバムは最適な一枚だと思う。
メロディから解き放たれたジャズは、聞き手を精神世界へ連れて行ってしまう。1曲目は激しい迷宮だが、2曲目からは聞き手の心を深く鎮めてくれる瞑想空間へ誘う。
4ビートとか、ハードバップとか、スウィングとか、ブルースとか、そういった『ジャズと言えば...』的な世界から一切離脱したサウンド。これを気持ちいいと感じられるなら、一気に宇宙まで行ける。
アルバムジャケットもカッコイイし、マクビーのベースはもちろん、ここで鳴っているサウンドはジャズの鎮静感を極限まで表現していると僕は思う。
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以上、ほんの一握りだがジャズが持つ『鎮静作用』にスポット当てて選んだ。
『覚醒』も『鎮静』も、クスリを使えば手に入るのかもしれない。文字通り『覚醒剤』であり、『鎮静剤』だ。しかし、音楽を聴けば叶えられるのである。
音楽はそういう意味でも、麻薬なのかもしれない。
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