大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦
撰者:平田憲彦
ジャズという音楽がもつ豊かさのひとつは、ジャンルを超える柔軟さだと僕は思っている。いままででこの連載で色々な作品を取り上げてきたが、僕は意識的に『ジャンルを超える』という点を重視してセレクトしてきた。
レゲエ、ロック、スペイン音楽、そしてクラシックとの融合もある。また、日本語で歌われるジャズも取り上げた。どれもジャズの魅力的な要素である。
ジャズはどんなジャンルでも自分の音楽にしてしまう強靭さと生命力を併せ持つ。芸術的表現(アート)も可能だし、芸能的表現(エンターテイメント)も可能だ。人を沈静化させることも出来れば、覚醒化させることも出来る。
僕の思うジャズの魅力は、そこにある。
今回もジャンルを超えるジャズを取り上げたい。
ビートルズである。
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コール・ポーター、ディズニー、映画音楽など、多くのポピュラーミュージックがジャズミュージシャンに取り上げられてきた。元々の楽曲が持つ魅力がさらに引き立てられたり、新たな側面にスポットが当てられたりと、ポピュラーミュージックをジャズが取り上げることで、気づかない魅力が引き出された音楽は多い。
有名なところでは、ディズニーの『白雪姫』の挿入歌、『いつか王子様が(Some Day My Prince Will Come)』を取り上げたマイルス・デイヴィス。また、映画『サウンド・オブ・ミュージック』で使われた『わたしのお気に入り(My Favorite Things)』を取り上げた、ジョン・コルトレーン。
1935年のポピュラーソング『イッツ・オンリー・ペーパー・ムーン(It's Only a Paper Moon)』も多くのジャズミュージシャンが取り上げている。
ビートルズのデビューは1962年。つまり、ビートルズを取り上げたジャズは必然的に60年代以降となる。ハードバップ全盛だった1950年代のジャズは、ビートルズを知らない。これも音楽の歴史として面白い事実である。
ビートルズを取り上げたジャズとして有名なナンバーのひとつは、ウェス・モンゴメリーの『A Day In The Life』だろう。
A Day in the Life
Wes Montgomery
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『A Day In The Life』は、ビートルズが1967年にリリースしたアルバム『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』の最後を飾るナンバーだ。
ジョン・レノンによるアコースティックギターのシンプルなストロークから始まるこの素晴らしいナンバーは、時事的視点と思索的な歌詞が抑制された美しいメロディーで展開される、スケールの大きなロック・バラードである。
ビートルズは1967年1月から2月にかけてレコーディングした。『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』が発売されたのは、同年の6月1日。
なんとウェスの録音はその6月なのである。つまりウェスは、発売直後に聴いて、速攻で録音したということになる。
ともかくウェス・モンゴメリーは、オリジナル楽曲が持つ抑制的な美しさにスポットを当てたかのようなストイックな演奏で『A Day In The Life』の持つ新たな魅力を引き出し、ビートルズをジャズ化する道を拡張したと言える。
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今回僕が紹介したい『ビートルズを演奏したジャズ』は、次の6曲。
Blackbird
Brad Mehldau
Can't Buy Me Love
Stanley Turrentine
Get Back
The Three Sounds
She's Leaving Home
McCoy Tyner
Blackbird
Tony Williams
She Loves You
Count Basie
おびただしい数のジャズ・ビートルズから取り上げるには、あまりにも少ないが、美しさと楽しさ、カッコ良さで選んだ。
もしもご存知なければ、ぜひ一度聴いていただきたい。いずれも素晴らしい演奏である。
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では、順を追って紹介したい。
Blackbird
Brad Mehldau
収録アルバム『Art of Trio 1』
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まずは、米国の俊英にして、キース・ジャレットと比較されるくらいの美しい表現をするピアニスト、ブラッド・メルドーによるトリオ演奏、『ブラックバード』。オリジナルは、ビートルズの『ホワイトアルバム』に収録されたナンバーで、ポール・マッカートニーにーよるアコギ弾き語り。当時の米国公民権運動に触発された歌詞と言われている。ともかく美しい曲。アコースティックギターの魅力あふれるかわいい歌である。
ブラッド・メルドーの、原曲のフィーリングをそのまま生かしたジャズアレンジは実にお見事。美味しい部分をそのままパック。原曲に忠実に、しかしオリジナリティあふれる表現に昇華している。
ブラッドはこの曲がとても好きなんだと思う。それ以上に、彼はビートルズを大好きなのだ。他のアルバムでも多くのカバーを録音している。ちなみに、このブラッド・メルドーはロックナンバーをジャズとして取り上げることでも有名。オアシスの『ワンダーウォール』のジャズバージョンには、ビックリした。
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Can't Buy Me Love
Stanley Turrentine
収録アルバム『Mr. Natural』
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次は、バリバリのハードバップにビートルズを変身させるスタンリー・タレンタインのクインテット。これはすごい布陣。トランペットはリー・モーガン。ピアノはマッコイ。そしてドラムはエルヴィン...、凄すぎる。
Stanley Turrentine - tenor saxophone
Lee Morgan - trumpet
McCoy Tyner - piano
Bob Cranshaw - bass
Elvin Jones - drums
オリジナルのビートルズは疾走感あふれる洗練されたロックンロールだが、このタレンタインのバージョンは、ダウンホームである。無骨に、スウィンギーに、そして、泥臭く。このバージョンを聴いたら、ビートルズとジャズの根底には、同じブルースが流れているということも納得できる。ほんとに気持ちいい。
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Get Back
The Three Sounds
収録アルバム『Blue Beat-The Music Of Lennon & McCartney』
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このゲットバックは突き抜けてる。ご機嫌なブルースを転がしてくれる名手、ジーン・ハリス率いるスリーサウンズの『ゲットバック』。
こんなに楽しくていいんだろうか、と思わずにいられないほど、踊りたくなる最高のブルースを聴かせてくれる。そう、『ゲットバック』は典型的なブルースなのだ。ジーン・ハリスは、最も得意とするローリングなブルースを、これでもかと弾き狂う。
それにしても、『ゲットバック』ほど曰く付きの楽曲はないだろう。解散寸前のビートルズを立て直そうとポールが仕掛けた原点回帰作戦の根幹を成すナンバー。ボロボロのバンドをこれでもかとさらけ出す映画『レット・イット・ビー』を見る限り、こんなご機嫌なロックンロールを生み出していたなんて信じられないくらいだ。ビートルズの実質的ラストライブ、ロンドンのサヴィル・ロウにあるアップルオフィス屋上で演奏された『Get Back(取り戻せ)』は、ビートルズの原点を取り戻そうとするポールの、心の叫びでもあった。
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She's Leaving Home
McCoy Tyner
収録アルバム『A GRP Artists' Celebration of the Songs of the Beatles』
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ただ美しいだけではないバラードが、これ。原曲のメロディがコラージュのように随所に現れ、アドリブとオリジナルのメロディが至上の美しさで調和する。マッコイ・タイナーが選んだビートルズは、若き女性が親元から旅立つバラード、『シーズ・リーヴィング・ホーム』。『サージェント・ペッパーズ...』に収録された傑作バラードとして人気が高い。
主人公の女性が旅立つ朝の情景を、絶妙な描写で歌にしたポール・マッカートニーは天才だ。しかし、その歌心を見事にピアノトリオで表現したマッコイもまた、天才といえる。
親に置き手紙を残し、こっそり早朝の家を出て、待っている男性の元に向かう。旅立つ女性の繊細さと大胆さ、としてポジティブさを美しいピアノトリオで味わえる名演。
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Blackbird
Tony Williams
収録アルバム『The Story of Neptune』
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先に紹介したブラッド・メルドーの『ブラックバード』との共通項も見出せるが、なによりパワフルさとクインテットの躍動的なアンサンブルを是非聴いていただきたいのが、トニーのバージョン。これぞトニー・ウィリアムと言える洗練されたサウンドと、シャープでアグレッシブなドラム。
イントロのカウントからトニーのかっこよさが光っている。リズムに彩りを添えたドラマーとしては、やはりトニーがずば抜けていると僕は思う。ピアノのマルグリュー・ミラーは言うに及ばず、2管もベースも抜群の疾走感で聴かせてくれる。
トニーのキャリアとしては後期に属するブルーノート時代の演奏は、研ぎ澄まされたハードバップとして孤高の存在なのだ。
Tony Williams - drums
Mulgrew Miller - piano
Wallace Roney - trumpet
Bill Pierce - saxophones
Ira Coleman - bass
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She Loves You
Count Basie
収録アルバム『Basie's Beatle Bag』
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今回の最後を飾るのは、ベイシー・オーケストラによる『シー・ラヴズ・ユー』。これはもう、究極と言っていいビートルズ・ジャズだと思う。初めて聴いた人は、これを『シー・ラヴズ・ユー』とわからないかもしれない。しかし、エッセンスは見事に生きていて、ビートルズとスウィングジャズが融合した奇跡とも言える圧倒的なサウンドを体感できる。これぞベイシーサウンド。
楽しさは突き抜けてるが、考えようによっては、失恋の歌でもある。こんなにハッピーが溢れてて不思議な感じもするが、失恋とはつまり、次の恋の始まりでもある。このベイシーバージョンの『シー・ラヴズ・ユー』は、新しい恋への応援ミュージックなのだ。
『シー・ラヴズ・ユー』は、ビートルズの4枚目シングルにして、世界的な大ヒットとなった彼らの代表曲である。有名すぎて忘れられがちだが、ほんとうに良く出来たロックンロールの名曲だ。
さて、ベイシーがビートルズのカバーアルバム『Basie's Beatle Bag』を録音したのは1966年。来日した年でもあり、ビートルズにとって人気が最高潮だった時代。つまり、このベイシーのカバーアルバムは、当時の人気にあやかった企画アルバムの可能性が高い。
それでも、ビートルズ・ジャズとしてはかなり初期に属するこのアルバムは、貴重であり、サウンドもベイシーらしさがあふれた名演奏となっている。後に2枚目のビートルズ・カバーアルバムをリリースしているが、個人的にはフレディー・グリーンが入ってる今回の『Basie's Beatle Bag』が好きである。
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以上、たった6曲だが、ビートルズを取り上げた気持ちいいジャズを紹介した。結果としてポール作曲のナンバーが多くなった。そういう点にもあれこれ音楽のヒントがありそうだが、また別の機会に。
ビートルズをカバーしたジャズはまだまだあるし、聴く人によって好みも異なるだろうが、ジャンルを軽々と飛び越えるジャズの魅力。ますます病みつきになりそうだ。
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