書海放浪記
書物迷宮
平田憲彦
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東京は秋
荒木経惟
三省堂(1984年)
今となっては、こう言うしかない。是非とも、この写真集を見ていただきたい。そして、写真と、そこに挟み込まれている対談を体験していただきたい。
『東京は秋』。荒木経惟がこだわりにこだわってきた東京の風景、そして荒木本人と陽子夫人の対談がパッケージされている美しい書物。
この書物がリリースされたとき、当たり前だが、言葉を絶する感動を呼び起こすあの『センチメンタルな旅・冬の旅』はリリースされていない。だからこそ、今となっては『東京は秋』の、リリース当初とは全く異なる新たな感動を今一度体験していただきたい。
荒木経惟といえば東京なので、彼が歩き回って撮り続けた東京は、なにもこの書物だけに収録されているわけではない。荒木といえば、オンナや猥褻しか連想しない方もいるだろうが、それをも含めて荒木経惟は天才的写真家であり、アッジェ、ウオーカーなど、生きている魂と目線をあわせた天才たちと同列に、また独自性を持って映像表現を生きてきたたぐいまれな写真作家であることを、この書物でも心底実感できる。
さらにこの書物では、こうやって展開していく写真に対して荒木経惟と陽子夫人が会話の中でコメントを付けていくという、奇跡と言うほかない感動が記録されている。
書物というものは、本当に生きている。リリース当初はユニークで優れた写真集であった書物が、陽子夫人の不在によって、新たな輝きを与えられた書物に変容するのだから。
『センチメンタルな旅』では二人の始まりを体験できる。『冬の旅』では永遠に終わることのない二人の魂を体験できる。そう考えると、二人が一緒に写っている写真は一枚もないからこそ、夢の中の二人を体験できる書物であるのかもしれない。
だからこそ、『秋』なのだろう。始まりでも終わりでもない、幸福で宙ぶらりんな季節『秋』こそ、荒木経惟にとっての、また、二人にとっての東京なのだ。だから荒木にとっては、東京とは永遠に終わることのないモチーフなのである。
大好きな人と二人っきりで、布団の中で楽しい話をする。そんな満ち足りた小さな幸せがこの書物にはあふれかえっている。永遠に終わらない時間を感じさせながら。
※敬称略
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