書海放浪記
書物迷宮
平田憲彦
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パパ・ヘミングウェイ
A.E.ホッチナー
中田耕治訳
早川書房(1967年)
あるひとりの雑誌編集者が、ある作家にインタビューをした。それも社命からという実に消極的な理由で。おそるおそる門をたたいた編集者と作家は、結果友人となった。そして、作家が死ぬまでその交友関係は続いたのである。
編集者とは、ホッチナー。作家とはヘミングウェイである。ヘミングウェイは自己の後半ともいえる年月を、ホッチナーと出会えたことで、その作品以上に魅力的な姿を後世に残すことが出来た、まれな人物であることを、この書物を読めば読むほど実感できる。ヘミングウェイのファンであり、また優れた編集者であったホッチナーの目を通して、わたしたちはヘミングウェイの魂を作品以外から甘受できるのである。これは感動的なことだ。
ヘミングウェイの死後、1965年に刊行されたこの書物は、1967年に早川書房社から日本語版がリリースされた。そして、この単行本はすでになく、現在は文庫本を残すところとなっているが、それすらもあまり見かけない。単行本では1冊であるが、文庫本は上下巻の2冊組である。いずれにしても、ヘミングウェイ好きなら何が何でも手に入れるべき必携本であることは間違いない。
ここでホッチナーが果たした役割というのは、早い話、ヘミングウェイそのものである。インタビューがそのまま本になったものと考えてもいいくらい、この書物はヘミングウェイの言葉で埋め尽くされている。それも、とんでもなく素晴らしい言葉で。
その魅力に満ちた言葉の数々を少しばかりではあるが、堪能してもらいたい。
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君が心からやりたいと思わないことはやらないことだね。
行動と行為を混同しないことだよ。
君が描いている元々の現実よりも十倍も強い真実、現実が描ければ、もうきみのものさ。
俺だって泣くさ、坊や。ひどく傷ついたときは泣くんだ。
大きな感情が大きな言葉から出てくると、本当に思っているのか?
人生では、ほんのいくつかのものに愛着を持つだけでいい。いろいろなものを処分することで、俺は愛着が感じられないものに自分の気持ちを向けなくて良かったと思うんだ。
希望を捨てるな。もっといい時期だってやってくるさ。
ほとんどの作家は自分の仕事の、一番タフな、だが一番重要な部分を省いてしまう。つまり、手直しをすること。
みんなが睨んでいるところでも、誘導ミサイルが飛んでくるところでも、酒を飲むことを身につけるんだな。
優れた作品はひとつのことで共通している。本当にあったこと以上に、真実だと言うことだ。
自分の決定に従え。自分のカラダほど正しい忠告をしてくれるものはない。
自分の恐れというものに従わないと、攻撃もできなくなる。
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『パパ・ヘミングウェイ』は『ヘミングウェイ語録』の別名でもある。
上に紹介した輝くばかりの言葉たちはほんの一部。ぜひ、その全貌を体験してもらいたい。
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