書海放浪記
書物迷宮
平田憲彦
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OBSERVATIONS
Richard Avedon
Truman Capote
Simon and Schuster(1959年)
かつて『パラード』という舞台芸術があった。美術がパブロ・ピカソ、脚本がジャン・コクトー、音楽がエリック・サティ。信じられない組み合わせで世に出た『パラード』を実際に見た人はおそらくもうこの世にはいないだろうし、今オリジナルが見れるわけでもないが、記録写真や彼らのの作品は残っている。それを見ながら本物の『パラード』を見てみたいという果たせぬ欲望に狂うことになるのだが、それにしても思うのが、3人という魔法である。3つの才能が恐るべき磁場を生み出したこのトライアングル。
完璧な安定と、変形への無限とも思える可能性を秘めるトライアングルというフォルムは、ここでもまた奇跡を生んだ。『OBSERVATIONS』。リチャード・アベドンの傑作写真集というだけでなく、装丁をほどこしたアレクセイ・ブロドヴィッチによるグラフィックデザインの完成度もすばらしく、また、本文はトルーマン・カポーティが執筆している。
A3判もある巨大な写真集は、その大きさ、重さを必然的な存在感へと変容させ、私たちを動揺させつつ感動させる。
カポーティによって“The Front-rank artists”と説明される様々な人々が次から次に登場し、圧巻である。はじめを飾るのはチャップリン。そしてヒッチコック、デュシャン、モンロー、書いていけばきりがないほど多くの魅力あふれる人々が様々な演出で切り取られ、ブロドヴィッチのシャープなレイアウトで構成されてゆく。
写真作品も、アベドンの玉手箱かと思うほど変幻自在な演出で表現され、静寂あるポートレイトから、ブレボケの躍動感を持たせたジャーナリスティックな写真、同じようにボケていながらポートレイトとして撮しきったダイナミックな表現まで驚くほど多彩だが、クールな意志で貫かれており完璧な統一感と一体感を感じさせる。
またそれをしっかりと支えている紙面構成に緊張感を与えているのが美しいタイポグラフィ。これがまたすばらしい。極めつけと言っていいだろう。Didotをメインフォントとしており、本文のみをイタリックスタイルで組み版。大胆かつ精緻なタイポグラフィは、逸脱と調和が交差する心地よいリズムとともに、グリッドシステムを軽々と越えて自由奔放なグラフィックデザインを実現している。デザインの可能性を飛躍的に拡大させたといっていいだろう。日本のグラフィックデザイン、特にエディトリアルデザインにおいて、この『OBSERVATIONS』が与えた影響は計り知れない。
天才が3人集まるとこうなる、という恐るべき事実をここでも確認することになる『OBSERVATIONS』。この書物を見る度、書物、デザイン、そして出版への夢がどんどん膨らんでいくのを止めることが出来ない。
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