書海放浪記
書物迷宮
平田憲彦
※
檸檬
梶井基次郎
1967年
最近になってようやく全集が刊行され始めた梶井基次郎だが、新潮文庫版がコンパクトでいながら良くまとまっており、必携の一冊と言っていいだろう。
20作品が収録された、ベスト・オブ・ベストである。
『檸檬』が圧倒的傑作であるのは今更いうまでもないが、『桜の樹の下には』にもみられる“正気な狂気”に梶井の天才ぶりを感じないわけにはいかない。
ただし、梶井が天才といっても、それは超越的に天才なのではなく、誰もが持つ闇の意識をこれほど自然に、そしてあからさまに、また美しい文体で書くことが出来るという天才ぶりなのである。
暗い
病
嗚咽
くりかえし登場するこんな言葉に読んでいて気分が暗くなってもおかしくないはずが、まったくそうはならず、かえって透明な気分になってくる。それは梶井が自己を欺いていないからである。梶井の小説を読むということは、我々が持つ己の闇を濾過し、肯定を生きていくきわめて貴重な体験にほかならない。
それは、読めば読むほど自分に近づいていく生々しい体験でもある。
ここに新潮文庫版を紹介しておきながら何だが、今では梶井の作品はインターネットで手軽に読むことが出来る。それはいうまでもなく『青空文庫』という有志が作り上げた無料のテクスト・アーカイヴのことだ。
かなりの作品がアップされているので是非アクセスして梶井体験することをおすすめする。
万象堂は書物に対して果てしない愛情を注ぐことを旨としてはいるが、書物には“テクスト”があるのはもちろんで、書物という形態を離れたテクストで梶井を読むこともまた、生きた梶井体験に間違いない。
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