書海放浪記
書物迷宮
平田憲彦
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THE AMERICANS
Robert Frank
Pantheon Books
路上には熱い陽差しが照りつけ、ジュークボックス、あるいは近くの葬儀場から音楽が流れ出る、いかれたアメリカ。それは、ロバート・フランクがくたびれたポンコツ車で48州をまわり、驚くべき写真として切り取って見せたアメリカだ。機敏で、謎めいて、天才的で、また悲惨きわまる、奇妙に人目を避けたアメリカ。それは、今まで全く見たことのない映像なのだ。(ジャック・ケルアック序文より引用)
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この写真集は、1986年にアメリカのPantheon Pressより刊行されており、『The Americans』としてのオリジナル刊行物ではない。
元をたどれば、まず1958年に“Robert Delpire”名義で『Les Americains』がパリにて刊行され、翌1959年にニューヨークのGroove Pressによりアメリカで『The Americans』初版が刊行。これがオリジナルである旨、奥付に記載がある。このPantheon Pressによるバージョンは、そのオリジナルを元にして再版されたもので、オリジナルにもあったジャック・ケルアックの序文もそのまま掲載されているが、大きく違うことが二つある。
ひとつは、表紙のデザインが違うということ。もう一つは、ロバート・フランク本人の監修によりスイスで高品質に印刷されたということだ。
私は残念ながらオリジナルの『The Americans』を見たことはない。したがって、写真の配列やレイアウトなどの重要なことはわからない。しかし、このPantheon Pressバージョンがロバート・フランク本人の監修によるという意味でも、決定版といって差し支えないだろう。
ロバート・フランクは1924年にスイスに生まれた。1947年、つまり23歳の時アメリカに渡り、1955年と56年つまり31歳から32歳にかけて、グッゲンハイム・ファウンデーションの奨学金を使ってアメリカ中を回り、その時に撮影されたものの成果がこの『The Americans』となって実を結んだのである。実を結んだのはロバート・フランク本人だけではない。この時点で“モダン・フォトグラフィ”が誕生したといっても良いくらい、“写真”は大きな実を結んだのである。
『The Americans』がその後の写真や映像に与えた影響は計り知れないと言っていい。
タイトルが見事に表現しているように、この写真集にはロバート・フランクが見た“アメリカ人”が凝縮されている。現に、初版が出版されたとき、これはアメリカではないと怒った人たちがかなりいたという。それくらいに、ここで見られるアメリカ人はグロテスクな生命力や欲望に満ちている。それがロバート・フランクの斬新な映像表現によって美しさへと昇華されているさまは、感動的でもあり、恐ろしくスタイリッシュでもある。
ここには84点のモノクローム写真が収録されている。最後の1点は3点の組写真であるがこれも1点と考える。
興味深いのは、緻密に構成された死のイメージ、そして漂う視点である。
人は写っているが顔が偶然にモノで隠れている写真が4点。
十字架など、死を感じさせる写真が8点。
これらはあからさまに死を暗示、あるいは明示させている。それら計12点もの写真は全84点のうち1割以上にも達する。
またジュークボックスが写っている写真が4点。
テレビのあるひとけのない居間や屋外映画の写真も含めると、これらバーチャルなエンターテインメントを切り取った情景も、かなりの割合を占める。
ジュークボックスなどは、その空々しいリアリティから、まるで現代のパーソナルコンピュータのように見える。
そして、明らかに敵対心を持ってこちらに向けられている目が写っている写真、全く違う方向を見ている人々や、うつろなまなざしなど、視点に関する執着が多く見受けれれる。
ヨーロッパを思わせる社交場、カウボーイ、クルマの中の若いカップル、がさつに食事をする労働者、白人の赤ん坊を抱く黒人家政婦、…。そこには必ずと言っていいほどうつろな視点がさまよう。ある一点を見つめながら、別のことを考えている様子がロバート・フランクによって残酷に切り取られていく。それでも、映されている情景には過剰な富がみなぎり、また人種的な問題意識がかなり克明に刻み込まれている。
娯楽、政治、ビジネス、行楽、産業、風俗、労働者、赤ん坊、死者、そんなありとあらゆるシーンを貪欲に封じ込めた写真集『The Americans』。これは写真によるアメリカの批評である。1950年代にアメリカの文化は大きく変貌したが、それは、ありのままを受け入れ自己表現する感性が生み出した文化といえる。
絵空事を絵空事としないで生きているアメリカの人々が、ここにいて、それがその後何十年にもわたって標準となるような価値観を力ずくで作り上げた原点を、ロバート・フランクは1冊の写真集で表現してみせたのである。
ジャック・ケルアックは、序文の最後にロバート・フランクにこんなメッセージを送っている。
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あんたは、いい目をしているよ。あの寂しげなエレベーター・ガール、バカどもが汚しまくったエレベーターの中で、上を見てため息をついている、あの彼女の名前と住所を教えてくれないか。
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