書海放浪記
書物迷宮
平田憲彦
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EROS
Ralph Ginzburg
EROS MAGAZINE(1962年)
エロティシズムは人を感動させる。ここで人は知性が生命力と連結していることに気づくことになる。そういう意味で、エロティシズムはナルシズムと同様に、人の本質でもある。
この画期的にして斬新な雑誌『EROS』は、エロティシズムに政治が持ち込まれてしまった例として不幸であり、また歴史的な雑誌となるべく運命づけられた記念碑的な書物でもある。エロティシズムとナルシズムに対し強烈な揺さぶりをかけることになった『EROS』は、それがねらいであったのか、あるいは期せずした結果であったのかはもはや問題ではなく、アメリカに大ブーイングを巻き起こし、裁判まで起こされることになる。結果、たった4冊のみを発行し、伝説となってしまったわけだ。
アンダーグラウンドに流通するエロティックな書物は『エロ本』とも『裏本』とも呼ばれるが、実際はそれらを入手する方法としてアンダーグラウンドではない“オモテ”出版物からのガイダンスまである始末だから、はたして“裏”と呼ばれて良いものかどうか疑わしく、むしろ“裏”という名称がブランドのように価値を帯びている様相すら見受けられるが、『EROS』は中途半端な“裏”を装うこともなく、さりとて性描写のみにフォーカスした動物的な写真雑誌というわけでもない。人が持つエロティシズムを、図像とテキストを駆使して思想的に掘り下げようとした雑誌である。それが正面から“オモテ”として誕生した。
エロティシズムは不可欠なものだが、また、だからこそ不可視であろうとするものでもある。これを掘り下げるためには、おのずと可視状態にエロスをおかねばならない。性の歴史や体位の科学的解説、また性をモチーフにした小説やエッセイ、人種を越えた性の交流。それらを補完しまた陽動しもする美しくシャープなイラストや写真。これらはすべて、それまで内在化されつつ隠蔽されてきたものに他ならず、それらの顕在化こそが人が持つエロティシズムを対象化し、それを越えていくことになるのである。ところが、隠蔽さるべきものを顕在化させたときに起こる保守的な反動がどこまでも暴力的であるのは60年代に限らず今でもそうで、それはむしろ、ある意味では人間らしい自己防衛のひとつでもあり、『EROS』は一部の熱狂的な支持をねじ伏せるくらいの大多数による抵抗にあうことになる。
B4判ほどの大きい判型で、表紙はハードカバー。カラー写真もふんだんに使用し、雑誌のタイトルロゴデザインとエディトリアルのアート・ディレクションはハーブ・ルバリンである。これを雑誌と呼ぶにはあまりにも書籍に似ており、編集者ギンズバーグがどれほど熱意を込めて作ろうとしていたか、それらのわずかな仕様を垣間見ただけでも伺えようというものだ。
このハーブ・ルバリンによって手がけられたデザインは歴史的に貴重であるばかりか、アメリカン・タイポグラフィの神髄と醍醐味を存分に味わえる傑作書物としても『EROS』はその存在感を排他的なまでに主張している。『AVANT GARDE』とともに間違いなくルバリンの代表作のひとつであり、細部にわたって妥協のないデザインが貫かれたすばらしい作品である。良い雑誌には必ず優れたアート・ディレクターがいるが、『EROS』はアメリカの出版史に金字塔を打ち立てる素性を持ちながらもそれを果たし得ず、4冊のみを残し、今もわれわれを嫉妬させながら熱く語りかけてくる書物なのである。
ここに紹介しているのは、第3号、マリリン・モンロー最後のスタジオ・セッションを巻頭特集したものだ。写真はバート・スターン。
モンローのヌードが素晴らしいレイアウトで展開されているが、特筆すべきはモンロー自らがチェックしてポジフィルムにマジックで書き込んだNGマークを、フォルムそのままのスリーブ状にして掲載するという、その比類なき編集の冴えと切れ味鋭いアート・ディレクションだろう。モンロー自らが認めなかったヌードカットを、本人による抵抗の痕跡をあえて残すことでエロティシズムをさらに深化させた。
『EROS』は、エロティシズムを動揺する魂からとらえようとした類い希な書物なのである。
※余録※
これが雑誌というのはやはり驚きである。発行から40年近くたった今でも、B4判ほどあるサイズにハードカバーという仕様の雑誌、というのはやっぱりめずらしい、というか、ほとんどないだろう。現在は神田の古書店などでたまにその姿を見かけるが、相当に高価になってしまった。
全部で4冊しか世に出なかった雑誌なので、集めるのはたやすいと考えがちだが、甘い。見かけることはまれで、見つけたとしても4冊セット売りで5万円などという、なかなかいい値段が付いている。私は2冊しか所有していない。1冊が今回ご紹介したモンロー特集の号で、もう1冊はサンフランシスコの古書店で見つけた2号だ。創刊号を出して、読者から受け取った罵詈雑言のハガキを最後の見返しに印刷してあるという、壮絶な号である。エロティシズムを嫌悪した悪意に満ちた感想文だが、はて、いったいこの『EROS』という雑誌のどこにそんな猥褻さがあるというのだろうか。
40年前は、この程度が猥褻だったのだろうか。ともかくサンフランシスコで偶然に見つけた時は、まあ、月並みではあるが、震えが来た。たまたま立ち寄ったにすぎない偶然が、まさか『EROS』と出会わせてくれることになるとは思っても見なかったのである。しかし、古書との出会いとはそんなものかもしれない。
モンロー特集は大学の先生から譲ってもらったわけだが、どうしてくれたのか未だによくわからない。その方は広告制作会社の会長をしていた方で、たまたま授業をとっただけのことだったのだ。確か、夏期講習だったような気がする。授業の最後に、『EROS』の話を持ち出したら、家に確か1冊あったな、あげるよ、なんて言われたわけである。翌日の授業でしかり持ってきてくれた。これはうれしかった。その先生はかつて自身でハーブ・ルバリン作品集を編集したこともあったので、『EROS』の話をした学生に興味を持ったのかもしれない。その先生が編集したハーブ・ルバリン作品集も、私は所有していた。もちろん今も座右にある。
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