書海放浪記
書物迷宮
平田憲彦
ジョン・レノンの手紙
ものすごい本を見つけてしまった。
奥付の発行は2013年4月なので、つい先日のことだ。
なにげなく三宮のジュンク堂の書棚をいつものように放浪していたら、この本が目に飛び込んできた。手にとって驚愕である。
ビートルズの評伝を書いたライターとして知られるハンター・デイヴィスが執念ともいえる粘りと編集でまとめ上げた『現存するほぼすべてのジョン・レノンの手紙集』。
デイヴィスはビートルズ活動中から全てのメンバーと懇意にしていた関係もあり、また、オノ・ヨーコさんとも親交があったことから、全手紙集の企画を発案し、それを実現することが出来たと言えるだろう。
はじめの思いつきはずいぶん前だったようで、その時はヨーコさんにやんわりと断られている。しかしデイヴィスはえらかった。粘り強い調査を地道に続けて、タイミングを見計らい、何年も経ってから再びヨーコさんに再提案。見事に口説き落とすのである。
それからのデイヴィスが行動した手紙収集活動は世界中に及び、集められた手紙とその分析、書物にするための編集作業は驚異的なパッションで、結果285通の手紙がまとめられてこのように実現した。
日本語版を刊行してくれた角川書店さんには、もう僕は、心からありがとうと言いたい。
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冒頭でデイヴィスも書いているとおり、この本に収録されている『全手紙』は、ジョンのファンには第一級の価値があるが、そうでない人にはほとんど意味のないものだろう。だからこそ、この病的とも言えるくらいの執念深く暑苦しく、そして深い愛情に支えられた書物は無限とも言える輝きを放っている。
手紙を複写して掲載するだけではなく、直筆やタイプライターで書かれた手紙を再度タイプアップし、そこにひとつひとつ時代背景や裏事情の事実と推測を織り交ぜながら、丁寧に年代順に編集しているのである。
それら全てが読みやすい日本語に訳されている。また、掲載されている手紙は全てカラー印刷だ。
388ページ。とてもつもなく重たいこの書物は、手でもって読むには困難。テーブルに置いてゆっくりと読むことになるだろう。
最初に掲載されている手紙は、ジョンの幼少期のものだ。叔母からプレゼントされた本やタオルなどについての感想と御礼が書かれた手紙。
そして、最後に掲載されているのは、それは、ここでは書かないでおこう。
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僕は、1980年11月にリリースされたジョンのラストアルバム『Double Fantasy』を発売直後に手に入れた。母が突然買ってきてくれたのだった。頼んでもいないレコードをなぜ母が買って来てくれたのか、いまでも謎である。本人はよく覚えていないらしい。高校1年生の冬である。
冒頭の『スターティング・オーヴァー』はカッコイイミディアムテンポのロックンロールで、毎日ターンテーブルに載せていた。
当時発行されていた写真雑誌『写楽』の最新号に篠山紀信さんが撮ったジョンの写真が掲載され、それも僕は買っていた。『Double Fantasy』レコーディング風景を中心に、隠遁生活を送っていたジョンがいよいよ復活し、シーンに再登場しようとする様子を家族写真も含めながらドキュメンタリーとして特集されていた。
ジョンの最新写真と新曲の毎日で幸せだった。(ヨーコさんのナンバーはちょっと苦手だったので、申し訳ないけど1曲ずつ針を飛ばして、ジョンの曲ばかり聴いていた)
しかし、その翌月の12月8日(日本時間9日)にジョンは突然死んでしまった。
9日朝刊の1面トップに大きくジョンの死を伝える記事が出ていたことを、今でもはっきりと覚えている。新聞記事を見て、呆然とした。たぶん、僕の人生で初めてのことだった。会ったことはないが、大好きな人が死んでしまうという経験をしたのは。気がついたら泣いていた。祖父母の死を経験する前だったので、人の死に涙を流したのも、初めてだった。
ジョンの音楽を、ビートルズを通じて初めて聴いたのが13歳の春だ。15歳でジョンの死を同時代として目の当たりにし、そして僕は今年で48歳。いつのまにか、ジョンが生きた年齢を超えてしまった。
この本は、僕が今まで読み、目にし、所有してきた書物の中で、おそらく最上のもののひとつになると思う。もちろん、ジョンのコトバがそのまま収録された『プレイボーイ・インタビュー』も特筆すべき書物だが、この『手紙集』は手紙そのものが掲載されていることからも資料的価値が素晴らしく、また、その生々しい『ジョンの書き言葉』から、新たなジョン・レノンを知るのだ。
歌われた言葉、話された言葉、そして書かれた言葉が、ここで出揃ったといえる。
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冒頭を読み、気になるページを拾い読みし、最後のページをじっと見つめて、静かにカバーを閉じた。またゆっくり読もう。
そう思いながら、僕は『ジョンの魂』をかけた。ボリュームを少し大きめにして。
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ジョン・レノン レターズ
編:ハンター・デイビス (著)
中村 圭志 (翻訳), 秋山 淑子 (翻訳)
角川書店刊
【Amazon の書籍情報】
※原著の英語版は、2012年10月9日に発売されていた。デイヴィス、そしてヨーコさんの想いが伝わってきて、胸がいっぱいになる。
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