書海放浪記
ハイデルベルグへの旅、1967年
父とドイツとニコンF
平田憲彦
第9回:デュッセルドルフのベビーカー
デュッセルドルフの公園で撮影されたものだ。この公園で父は、モノクロとカラーと両方で撮っている。よほど惹かれたのだろう。
また、モチーフには広々とした公園の静物画のような写真に加え、このカットのような若い母親と幼児のカットがいくつかある。いつものように、撮りたいモチーフをフレームの真ん中にレイアウトしている父は、ほんとうにこういうアングルが好きなんだろうと思う。
日本に残してきた妻と、生まれたばかりの息子。それを思う気持ちが良く出ている。
母に聞いたところ、やはり1967年の日本において、海外に行けることは希なことであり、実際、命がけのような心情もあったとのことだ。ヘタすると日本に帰ることが出来ないのではないか、との恐怖感もあったのだろうか。
撮影されたこのようなカットを見ると、単なる望郷の念というよりは、強い感情移入が出ているように思う。
それにしてもこの母親の表情と幼児の表情には、一瞬のドラマが切り取られていて興味深い。
明らかに母親は今ここにいるという実感ではない、違う世界を思い描いている。それも、何かただならぬ思いがあるようだ。撮影者である父のことはまったく視界に入っていない。
それに対して、幼児は明らかに撮影者である父を見つめている。カメラを向けられたことに反応している様子が表情に良く出ている。
ファッションは2012年の現在でも通用しそうな感じだが、ベビーカーのデザインがクラシックで面白い。
美しく整えられた公園を悠然と散歩する親子。母は美しいし、子供も豊かな環境に生まれたような印象だが、どこか孤独を感じるのはなぜだろう。
撮影:平田勝彦(1967年)
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