書海放浪記
風と砂利道
26歳、世界放浪紀行
平田憲彦
※
1992年4月23日(木)/ロンドン
ロンドンの真ん中に日本があった。妙な感覚だ。ソーホーの外れ、ジャパンセンターの地下にある日本食堂に行こうとソーホーを歩き回り、見つけたそこは紛れもなく日本であり、日本の雑誌、本、食品で溢れていた。客も店員もほとんど日本人で、俺が食券を買いにカウンターに行ったら、『いらっしゃいませ』と言われた。今まであんなに苦労した会話が、ここでは日本語で通じてしまう。
約1ヶ月ぶりに日本の定食を食って、味噌汁を飲む。文庫本がやたらと多く、すべて少し高めの価格だが、まんべんなく揃っている。太宰治からヘミングウェイまで、といった感じ。日本を出てからしばらく経つが、このジャパンセンターには驚いた。
ナショナルギャラリーに行き、絵画を山ほど見る。レンンブラントのエッチングは驚異的で、ゴッホ、セザンヌ、ドガ、ピカソ、スーラなど、筆舌に尽くし難い素晴らしい作品が多くあり、幸せな時間を過ごした。
その後、マーキーカフェへ行って高くて不味いコーヒーを飲む。店のマッチを2つもらった。このマーキーカフェは、あの有名なライブハウス、マーキーの裏側にある。ストーンズがデビューした頃によく演奏したというマーキーだ。
そして、かつてアップルのオフィスがあったサヴィル・ロウまで行って、『レット・イット・ビー』の最後のシーン、あのルーフトップセッションをやったビルを見る。いまは違う会社が入っているこのビルは、まったく映画の面影を残して当時のままだ。映画のワンシーンに立ち会っているかのような錯覚を覚えた。
3時過ぎ、ベイズウォーター駅でケイコに会う。久しぶりの再会である。昨年、ケイコのロンドンへの旅立ちパーティーをやって以来。全然変わってない。俺の表情が険しいって言うけど、よくわからない。
ケイコのクラスメイトと会ってメシを食い、ケイコの部屋に行く。B&Bの一室のような部屋。明日から一週間だけ共同生活をするというケイコの友人、キヨミさんを紹介される。キヨミさんが今日までホームステイをしていた家のパーティが今夜あるらしく、一緒に行くことになった。その家の息子主催のパーティらしい。
穏やかなパーティで、英国の一般家庭の風景を見れて興味深かった。ドイツ人が大勢いて音楽の話で盛り上がり、ギターを弾くハメになってしまった。チャック・ベリーのキャロル、ビートルズのブラックバードなど、弾けるナンバーで英国人が知ってそうな曲は限られていたが、なんとかあれこれ弾く。俺以外は誰も弾こうとせず、ほとんどワンマンショーと化したが、恥ずかしくも楽しい時間だった。
深夜12時に別れを告げ、ナイトバスでトッテナム・ストリートで降り、そこからホテルまで歩く。ケイコとキヨミさんはそのまま乗って帰って行った。
まったくの深夜。完璧な深夜。人通りは少ない。長く歩いたので正直怖かった。やっぱり夜は緊張してしまう。
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