書海放浪記
風と砂利道
26歳、世界放浪紀行
平田憲彦
※
1992年4月18日(土)/リヴァプール
午前中に日本へエアメールを出してから、ウォーカー・ギャラリーとリヴァプール博物館へ行った。
フィッシュ&チップスという英国の軽食の代表のようなものを初めて食った。店にもよるのだろうが、かなり不味かった。白身魚をギトギトにフライしたものと、フライドポテトが皿の上にデーンと載っているだけ。
それと、気がついたがマクドナルドにいろんな人たちが殺到している。子供から若者、家族連れ、老人まで、ほぼ満席である。一体どういう国なんだろう。たまたまリヴァプールだけがこうなのだろうか。老人がマックでハンバーガーとコーラを注文している図というのは、ちょっと日本では想像できない。
その後、ついにパブに入った。憧れのパブである。ビターをハーフパイントづつ飲んで、3軒ハシゴした。かつてビートルズの面々がキャバーンでライブをやっていた時によく通ったらしい古いパブ『ホワイトスター』。これはあのタイタニック号を作った会社の名前でもある。
次に、新しくなったキャバーンの横にある『アビイ・ロード』というパブ。安易な名前にちょっと抵抗があったが、『ジョン・レノン・バー』よりマシなので入ってみた。ここは広い。
もうひとつ、バス停の前にある、こちらも古いパブ『シェイクスピア』。ここはホワイトスターとよく似ている。
飲んだビターは全てハーフパイントなので、価格の比較ができて面白い。
ホワイトスター=55ペンス
アビイ・ロード=65ペンス
シェイクスピア=58ペンス
久しぶりに飲んだビールはとても美味かった。とりわけ、英国のビターというビールは美味い。本格的なビールだな。
ホワイトスターの雰囲気はとても良く、来ている人たちは年季の入った男たちばかりだ。観光客に話しかけて来たりせず、ゆっくり味わいながら飲めた。
夕方4時半。やっと晴れ間が見えたが、ついさっきまでは曇っていて、雨もぱらつき、しかも強烈な突風で歩くのでさえやっとという状況だった。
6時過ぎにまた別のパブに入る。ここはホテルに近い店。客はまばら。ビターを1パイント飲んでいたら、二人のおじさんに話しかけられ、なんとか懸命に会話。相手も酔っているし、そもそも英国の英語は早すぎてヒアリングしにくい上に、リヴァプール訛りがあるようで、何を喋っているのか理解しにくい。
ともかく、俺は日本人で、ビートルズが好きでここに来たんだ、と。
リヴァプールの次はどこへ行くんだ、と聞くので、ロンドンだと言うと、あんなところへは行かなくていい、ここにいろ、なんてことを言う。
その後、自称パブのオーナーと言う男と話をした。60歳くらいだろうか。ビートルズがが好きなら、ビートルズが始まったところに連れて行ってやる、という。『ビートルズが始まったところ』という意味がさっぱりわからない。ともかく、これも旅の面白さだと思ってついて行くことにした。
アテネであんなひどい目にあっているのに、まったく懲りないやつだと自分に呆れたが、好奇心がハードルを退けてしまっている。
自称パブのオーナーとバスに乗り、Hymans Green Street 8 という場所に行った。白い家があった。ただそれだけである。ここがビートルズとどう関係があるのだろう。
あれこれ質問したが、しかし、残念ながら彼が何を喋っているのか、ほとんど理解出来ない。
彼は、この場所の名前と、ジョン、ビートルズ、という言葉をしきりと喋っているのは聞き取れたが、ヒアリング出来たのはその程度。彼の話し方がややモゴモゴしているので、余計に聞き取りにくい。それでも、自分の英語力の無さである。まったく情けない。
Hymans Green Street 8 とビートルズと、何がどう関係あるのか、結局全然わからなかった。
その後一緒にパブに戻り、ビールを飲みまくった。
9時ごろからカントリー風のライブ演奏が始まった。いきなり久しぶりのライブを見ることになり、興奮。素晴らしい演奏。上手い。ボーカルは男性、女性、様々。タイトでいいサウンドを出している。
もうそのころの店内は歩くのもやっとというくらいの混雑で、カウンターまで行くのも大変。何がなんだかわからない状態。当然だが、全員立って飲んでいる。踊っている人たちも大勢。
何人もの客が俺に話しかけてくる。どう考えてもこのパブは地元の人たちが飲みに来る店のようで、旅行者はおろか、日本人などいないのだ。
『日本から来たって?』
と威勢のいい黒人のお姉さん。
『そうだよ』
『私、ニッサ好きよ』
『ニッサ?』
『ニッサ知らないの?』
『うーん、聞いたことないなあ、それってどういうの?』
『クルマよ』
『ニッサン(日産)か!』
『そう!ニッサ。私乗ってるのよ』
だいたいこんな調子である。
リヴァプールへ来る電車でも、中学生が話している言葉を聞き取れなかった。
『ギフ』
と言いながら、向かいに座っている友人に手を出したその男の子は、もちろん
『よこせよ』
と言っていたのだが、それが
『ギブ(give)』
だとは一瞬わからなかったのだ。
ヒアリングが全然ダメである。
アルバート・ドックで働いているという若い男と話をしていて、彼はビートルズ好きの俺のために『ミスター・ムーンライト』をバンドにリクエストしてくれた。それだけではなく、ビールを2杯とタバコを1本おごってくれた。
タバコが高価な英国で、このご馳走はスペシャルなことだ。しかも初対面の旅行者に。
リヴァプールに着いて3日間は酒もタバコもやらなかったが、4日目にして一気に決壊である。
アルバート・ドックの彼は、名前をリッチーという。息子の写真を見せてくれた。可愛い、まだ3歳くらいかな。マイケル、と言った。今度電話くれ、とその場で番号を書いたメモをもらった。
追記:
帰国してからわかったことだが、Hymans Green Street 8 という場所は、本当にビートルズが始まったところだった。
そこは、ビートルズの初代ドラマーであるピート・ベストの家で、その地下の部屋で初めて練習したのが、ビートルズのスタートだったとわかった。あのおじさんは、私にそれを見せたかったのだ。
私はヒアリング力が低くて理解できていなかったが、ビートルズが始まったところを確かに見せてもらったのである。
Copyright © 2003- Banshodo, Hirata Graphics Ltd. All Rights Reserved.