書海放浪記
風と砂利道
26歳、世界放浪紀行
平田憲彦
※
1992年4月19日(日)/リヴァプール
買ってあったオレンジ、パン、リンゴ、そして水をバックパックに詰めて、9時過ぎにホテルを出た。リヴァプールの郊外、地図を片手に緩やかな坂道をぶらぶら歩く。まず、リンゴ・スターのファースト・ソロアルバムのジャケットに映っているパブを見る。古くて汚く、今にも壊れそうだ。表に4人の名がペイントしてある。落書きなのか、ちゃんと書かれたのかわかりにくい。
歩くこと2時間、ついにペニーレインに着いた。街のはずれの、村の中心地といった雰囲気だ。『Bank On The Corner』があった。歌われている情景そのままだ。ペニーレインは噂通り普通の通りで、間違っても観光地とは思えない。ただ、ここがペニーレインというだけで、ビートルズに心を奪われた人にとっては特別な通りなのだ。
その後歩くこと30分、途中道に迷ったりして、とうとう来た。まるで初恋の女の子を訪ねて行くような胸の高鳴りである。
ストロベリー・フィールズは、小さな道、緩やかな坂、うっそうと茂る並木の中にひっそりとあった。
ここが救世軍子供の家だということは知っていたが、今もまだ使われているとは知らなかった。新しい門があったのである。
世界的に有名なのは、もはや使われていないような古い門で、新しい門にもちゃんと『Strawberry Fields』の文字が書かれている。古い門はあえて残してあるといった感じのたたずまいで、何度も塗り直した跡があり、門柱の『Strawberry Fields』の文字も剥がれかかって、これも何回も書き直してある。至る所、「John」だの「Beatles」だのと落書きだらけだ。
それにしても渋い。ノスタルジックであり、映画のセットと勘違いしてしまいそうだ。ジョンがかつて遊びに来たのはこちらの門だろう。しかし、今を生きている我々としては、新しい門が立派にあるのだから、そちらもきちんとクローズアップすることが本当なのではなかろうか。
使われていない門は過去の遺物である。しかし、ここは遺跡じゃない。今も「救世軍子供の家」として使われているのであれば、今の門のほうが重要ではないのか。ここに暮らす子供たちにとっては、今使われている門こそ『Strawberry Fields』なのだから。
そう頭で思っても、心は古い門に惹かれてしまう。ここで暮らしていない私にとって、旅人である私にっては、ジョンが遊んだ古い門の『Strawberry Fields』こそ、あの歌そのものなのだ。
ジョンが歌った『Forever』、『Nothing Is Real』という言葉が、この2つの門から聞こえてくるようだ。現在の利便性に即した合理的な門が作られても、古い門を残している『Strawberry Fields』。これもまた英国文化なのかもしれない。
『Strawberry Fields Forever』のフィルムを撮影したと思われる大きな公園がすぐ近くにあった。コケに覆われた少し大きめの木が何本も幻のように立ち並んで、一面が静かな宇宙と化していた。周囲には誰もいない。私ひとりが『Strawberry Fields』にいるような錯覚に陥る。
小さな緑色のリンゴをかじり終えた。立ち去る間際、『Strawberry Fields』門柱横の塀の上に置いた。鳥が来て食っていくか、落ちて地面の肥やしになるか、誰かがゴミ箱に捨てるか、わからないが。
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