音楽書庫
すばらしきブルース&ゴスペルの世界
〜おすすめアルバムガイド〜
平田憲彦
ゴスペルカルテットに、酔いしれる
Kings of the Gospel Highway
The Golden Age of Gospel Quartets
The Soul Stirrers
The Pilgrim Travelers
The Swan Silvertones
The Spirit of Memphis Quartet
The Five Blind Boys of Mississipi
The Sensational Nightingales
【AmazonのCD情報】
口を開けば声となり、歌えば唄になるというわけでは決してないのは今更改めて言うまでもないことで、生きているのか死んでいるのかすらわからないような声なり唄なりに似ている何ものかを耳にする機会が多ければ多いほど、たとえCDであったとしてもゴスペル体験を生きうることに感謝せねばならないでしょう。
20世紀初頭、アメリカ大陸に連れてこられたアフリカ人たちが、強制農作業中に口ずさんだ唄がそのルーツとなっているブルースとゴスペルは、内燃機関というエンジンと4つのタイヤを持つ自動車という乗り物が、方や究極の運動性能を突き詰めたフォーミュラ・マシンと、もう一方で究極の快適性を乗員に与えることを突き詰めたリムジンへと進化したように、全く違う音楽を生きているのであり、ゴスペル体験はそれ自体ひとつの出来事として私たちを刺激し続けています。
ではゴスペル体験とは、はたたして何か。
それは、たとえばここに納められたいくつかのグループによる声が生きる瞬間と、調和と挑発を繰り返す唄に身をゆだねることに他なりません。
もちろんゴスペルとは“福音”を意味し、ことばの通り“幸福なる御音”つまりイエス・キリスト(いわゆる神さま)が発することばそのものではありますが、そう難しい問題などではなく、神さまからのことばと言うよりはむしろ神さまへと語りかけることば、要はシンプルに神さまへのラブソング、と考えることにします。
ラブ。
これこそがソウルミュージックを生み出したといってもよいでしょう。
ブルースにありがちな欲望と恐怖というテーマはゴスペルには一切見られず、ただひたすらに愛あるのみ、これぞ、愛しい人への思いを唄にし、語りかけもするあの切なくも激しいソウルミュージックの根幹をもなしているのです。
スワン・シルバートーンズのクロード・ジーターがいかにメロウにやさしく語りかけるように歌い上げても、あるいはスピリット・オブ・メンフィスの面々が、ただ声のみで驚異的かつ重層的な弾力ビートを叩き出しながらも、その間隙を縫うかのごとく艶やかなバリトンボイスが疾走しても、あくまでも歌われているのは神さまに対する綿々たる愛情でありまた懇願とも取れる救いへの希求ではありますが、今まさに生きつつある声と唄に心を奪われることに対し為すすべを知らずただ静かな興奮とともに聞き惚れることもまたゴスペル体験といえましょう。
ソフトでメロウでスウィートなサウンドは、ソウル・ミュージックの魅力のひとつとして今も私たちを虜にしてはいますが、同じくゴスペルのソフトでメロウでスウィートなサウンドとはどこか様子が違う。それは、ひとえにソウルミュージックが色恋沙汰を歌っているからでは決してなく、そこにあるエンターテインメント性の違いによるものです。ゴスペルサウンドにエンターテインメント性はほとんどなく、そこにはひたすら信仰のみがあり、声にしまた歌うことこそ生きることであるゴスペル・シンガーたちの、振り返る素振りすら見せない歌声が私たちをしてエンターテインメントを超えた感動へと引き寄せることにもなるのです。
信仰をよりどころとして声にし、また歌いもする彼らの生み出すサウンドは、それが真実で深くあればあるほど当初の信仰を大きく逸脱し、魂そのものが過剰にあぶり出される途方もない音楽が生まれ出るのであり、そうやってあぶり出され浮かび上がってきた魂は、私たちの信仰の如何を問わず、生そのものを刺激し続けます。
ゴスペルサウンドの数あるスタイルの中で、この『カルテット・スタイル』は、ほぼ声のみでサウンドを生み出すアカペラ・シンギングが中心となっており、ゴスペル体験の最も深い地点にまで私たちを案内してくれます。
アンソニー・ヘイルバットという希代のゴスペル・プロデューサーが見つけだし、編集したこのオムニバスアルバムは、『カルテット・スタイル』のゴスペルサウンドの中から最良のグループの最良の作品を抽出した奇跡ともいえるCDとして、ゴスペル史にその名を刻まれることの間違いない1枚といえるでしょう。
※
Kings of the Gospel Highway
The Soul Stirrers
1. Walk Around
2. Sleep On Mother
3. I Want To Rest
4. I’m Willing To Run
5. I’m A Soldier
6. Does Jesus Care
The Pilgrim Travelers
7. Dear Lord Look Down Upon Me
8. Go Ahead
9. I Wonder Will We Meet Again
10. Lord Hold My Hand
Swan Silvertones
11. Lord I’ve Tried
12. Working On A Building
13. The Old Account
14. ALL Aboard
The Spirit of Memphis
15. Jesus Jesus
16. Sign Of The Judgment
17. Tell Heaven
18. Jesus Brought Me
The Five Blind Boys Of Mississippi
19. I Was Praying
20. The Lord Will Make A Way
21. Will My Jesus Be Waiting
22. Someone Watches Over Me
The Sensational Nightingales
23. God’s Word Will Never Pass Away
24. Lord Have Mercy
25. I’m Coming Up Lord
26. Somewhere To Lay My Head
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